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【「夜空ノムコウ」にはもう明日が待っている】

冬の匂いがした初体験

中学は10クラスあった。

中学3年生の卒業式、同じ高校に進学予定の女の子に第2ボタンを欲しいと言われ、母親のお下がり携帯で連絡先を交換した。

その子とはほとんど話したこともなかった。

中学生の2年間、牛乳瓶の底のようなメガネを付け、最後の1年は色気付き、両目0.7程度の視力に回復していた裸眼をデビューさせた。

あからさまに周りの女子がフレンドリーになるのを感じた始業式、10クラスある中でも可愛くて有名なその子がボタンを欲しいと言ってきた卒業式、ラスト1年の大どんでん返しで幕を閉じた中学生時代。

付き合っている状態としてメールを頻繁に交換していたが、まともに恋愛をしてこなかったので、同じ高校に入るも、恥ずかしく、学校ですれ違っても、気付かないフリをしていた。

入学から1ヶ月ほど経ち、痺れを切らした彼女が友人を連れて下駄箱で声をかけてきてくれた。

一緒に帰ろう

一緒に話すと、これまでの時間がなんだったかのかと思えるほど、一瞬で打ち解けあった初めての帰り道。

自分はダンス部に入り、彼女は剣道部に入った。

部活終わり、彼女を待つ下駄箱の前でたくさんの友人が通る。

彼女?

そう聞かれて恥ずかしい気持ちもあったが、可愛い彼女を待っている時間は誇らしげだった。

剣道で汗だくになった彼女は毎回必死に手を洗ってきては、臭くない、と聞いてくるので、臭い、と返事しながら、すぐ手を繋いで一緒に帰る毎日だった。

高校からS駅まで徒歩15分、3駅先の自宅があるT駅まで電車に乗り、T駅から帰り道の途中にある彼女の家まで送っていき、自宅に帰る。

一学期期末テストが午前中で終わり、梅雨明けしたばかりのカラッとした晴れの日、初めて彼女の家にお邪魔した。

1階にいる彼女の母親に軽く挨拶をし、2階の彼女の部屋へと上がる。

フワフワのベッド、勉強机、テレビ、ピアノ、MDコンポ、全体的に白とピンクを基調とした彼女の雰囲気通りの部屋だった。

ラグの上に座り、汗ばんだ彼女のカッターシャツの下に透けるピンクのブラジャーの紐を目の前に、小さいテーブルの上で、彼女の母親が用意してくれたカルピスとクッキーを頂く。

初めてのキスの味はカルピスの味だった。

冷房が効いてきた快適な室内のベッドの上で彼女のサラッと乾いたカッターシャツとサッパリとしたデオドラントの匂いにつつまれ、何時間もキスに明け暮れ、夕暮れ時、木製ベッドの枕元の棚に横長にかけてある鏡に写るお互いのボサボサになった髪を見て笑い合った。

夏休みも頻繁にお互いの家を行き来し、何時間も抱き合うことに飽きなかった。

いつするの

ほとんどの行為を終わらせていたものの、最後までは進んでおらず、これまた下駄箱の件といい、痺れを切らした彼女が聞いてきた。

寒くなった冬がええな

中学でサッカー部に入っていた際に、ロッカー室で先輩がふざけて自分の物をしごき、白い液体が飛び出したのが何かわからず、日曜日にアッコにおまかせ!を観ながら見様見真似で経験した精通が中3の夏で、性に関して遅めの気付きだったのもあって、初体験は聖なるものだと考えていた。

二学期に入り、餃子の王将でアルバイトを始め、自転車通学になった。

下校時、まだ夏の暑さは残る中、半袖から長袖のカッターシャツに変えた電車通学の彼女を自転車を押しながら高校からS駅まで送っていく。

肌寒くなってきたら、濃いグレーのセーターを着た彼女を自転車の後ろに乗せて、3駅分のアップダウンの激しい帰り道を彼女の家の前の公園まで送り届けて、そのまま汗で湿ったカッターシャツがしっかり冷えて乾くまで一緒にいて、帰宅していた日もあった。

二学期期末テストが午前中で終わり、冬空の中通学路の紅葉が見頃になってきた日、久しぶりに彼女の家にお邪魔した。

リビングで彼女にいれてもらったホットミルクティーを飲み、家に誰もいないのにすぐ2階に隠れるように階段を上がる。

紺色のブレザーの下に着た校則違反の明るいグレーのカーディガンを彼女から借り、学ランの下に着た校則違反の紺色のカーディガンを彼女に貸す。

冬服の学生ズボンの上に、彼女の短く折った紺色のスカート越しの素足が擦れる。

いつも通り何時間もキスに明け暮れ、すっかり日も暮れて真っ暗になった室内に、効きすぎた暖房で頭がボーッとする中、学生服を取っ払った彼女の滑らかな身体の汗ばむ背中をしっかり抱き締めながら、多幸感に溢れた2人は一生の愛を誓う。

ピー、ピー、とバックする車の音が聞こえ、彼女が急いで学生服を着込む。

彼女の父親と玄関先で初めて対面し、お邪魔しました、と不自然な状態で挨拶を交わす。

明るい色とりどりのライトアップがなされたイエナリエに囲まれ、まだ火照った身体に鼻からツンとした冷たい空気が肺に入ってきて、彼女の香水が染み付いたカーディガンを嗅ぎながら、体内でミックスされた甘い冬の匂いを閉じ込めるように急いで家路に着いた。

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