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愛。またはそれに準ずる何か 1
世界は、平和になった。そう言われれば、そうだろう。
人と化け物は争うことをやめた。しかしまぁ、あれは、争いという程のものでもない。自分と違う他人を受け入れられるかが問題だったのだ。人間にとっては。
化け物側の問題までは知らない。私は人間だから。
表面上、争いは収まった。人間は化け物に怯えずに、化け物は本来の姿を隠さずに、往来を行き来できるようになった。道は様々な外見のひとで埋め尽くされ、賑やかになった、らしい。
それでも、やはり、100年やそこらじゃ平和になるまでの長い年月で発生した全ての問題は解決され得ない。
例えば、そう、私の住むスラム街の問題とか。
魔法が解けた時、たまたま人間の多いエリアに住んでいた化け物とか、化け物の多いエリアに住んでいた人間とか、そういったひとたちは住んでいた場所から追いやられ、都市の外れの路地を中心にスラム街を形成した。
その時代のひとの子孫は今でもスラム街に住んでいる。
犯罪が溢れかえるこの街の通りに並ぶ粗悪な屋台からかっぱらった、これまた粗悪なりんごを齧りながら、私は友人の家へ向かっていた。家と言っても、隙間風が入り込むあばら家だが。
友人の家に着くと、ドアを勝手に開けて中の友人にまだ食べていないりんごを放り投げる。
それを危うげなく受け取って、そいつは、なん とも嫌そうな顔をする。
友人。赤い皮膚に耳近くまで裂けた口、黒い結膜の中で金の目が光る、化け物。
入るならノックをしろだのなんだの、挙句、盗るならもっといいりんごにしろだのと文句を言い始めた友人に、私は手を差し出す。
そこまで文句を言うのなら返してもらおう。
そう言って手を揺らすと友人は、それとこれは話が別、とりんごを丸呑みにして、まずい、と一言。
とても傲慢で自分勝手な彼が、私の最も良い友人であった。
スラム街を歩く時は、基本、いつでも彼と一緒だった。いつからここにいるのか分からない友人は、大股でずんずん歩く。私は急いで彼について行くのが精一杯だった。
イタズラをする時も、彼と一緒だった。むしろ、彼と一緒にいない時間の方が少ない。
ちょっとやりすぎて、スラム街の顔役に怒られた時も一緒だった。
初めてスラム街の外に出た時も、友人と一緒だった。