見出し画像

懐かしき朝の協奏

明け方の新鮮な空気とともに流れ込んできたのは、あの懐かしい音だった。
ザッザッザッザザーーー…

______

もこもこの布団にくるまったわたしの耳は、冷たい窓から聞こえてくるその音に釘付けになった。

ザッザッザッザザーーー…

以前、1年ほどだが雪深い地域に移住したことがあった(メイン写真はその頃のもの)。

いまここ東京も、昨晩からの雪が歩道を真っ白に染めた。

家の前の交差点は駅に近いこともあって人通りが多い。
ぼーっと寝起きの頭は、感謝でいっぱいになってぐるぐるしていた。
『朝から…ありがたいな、道、綺麗にしてくれてるんだな…こんなに寒いのに…ありがたいな。誰だろう、こんなに早朝から…しかもこの音からすると金属製のシャベルだ、重たいんだよな、あれ。どうして自分の分だけじゃなくて、人々が歩く道を、歩きやすいように…こんなに寒いのに…え、賃金もらってるわけでもないのに?笑』
次の瞬間。
押し入れに手を突っ込んでいた!
パジャマは一瞬で脱ぎ捨てられ、完全に無意識に、防寒具と雨具を取り出していた!
数年しまい込んでいたはずのそれらは身に付けるとぎゅっとあたたかく、背筋が伸びた。目が覚めた。
出勤時間よりよっぽど前だぞ、
何故、服を着ている、私?!

髪を後ろでひとつにまとめた。
もうこうなれば止まらなかった。
エレベーターではなく、非常階段を駆け下りたから準備万端だった。
ああ、何してるんだ私?!
「おはようございます!シャベル…もう一本ありませんか?雪国から引越してきたんです、わたし。」

な、なに言ってるんだわたしーー?!?!

_____

おじいさんは、自分の握っていたシャベルをこちらへ渡した。そして会社の倉庫らしきところからもっともっとおっきなシャベルを持ってきて、

ザッザッザッザザーーー
とやった。

歩道の向こうの方には、同じような制服を来た40代くらいの男性もシャベルを懸命に動かし、白い息を機関車みたいに沢山吐いていた。頬は、真っ赤だ。

たった2人でこの交差点を…?
ああ、泣きそうだ。なぜここまで知らないふりして、任せてしまったんだろう。自分だって、毎日歩かせてもらっている通りなのだ。

わたしも負けじと、走った!
ザッザッザッザザーーー!!

ザッザッザッザザーーー!!

シャベルが短くて、すぐに足腰にキた!
でもこれを、ずっとやってくれた2人を目の前にして、どうして弱音が吐けようか。

ザッザッザッザザーーー

息が上がった。

ザッザッザッザザーーー

足先に冷たいのが滲んできた。

ザッザッザッザザーーー

おじいさんと向かい合わせになった。

ザッザッザッザザーーー

40代の人の方は私の事を不思議みたいにちらりと見た。

ザッザッザッザザーーー

無言の協奏である。

ザッザザーー……

ふと、交差点の角からガタイの良い男性が歩いてきた。
ひどくうつむきながら歩いてくるので何歳くらいかはわからなかったけどシャベルを動かす白い息のおじいさんと近距離ですれ違った。その後、わたしともすれ違った。彼は耳にイヤホンをし首を地面と平行に保ったまま携帯電話の画面だけ見つめて歩道を歩き、24時間のフィットネスジムに入っていった。

______

ザッ。ザーー…。

すっかりアスファルトが露出してきて、そろそろ終わろうかという頃になった。
私は最後に、端に作った山が、横断歩道に被っていたから、もう少しずらそうと最後のシャベルを振っていた。信号は赤だった。40代位の女性が青に変わるのを待ちながら私のことをじろじろと見ているような気がした。構わずシャベルを振って山をずらした。彼女の白いブーツは程よいヒールの高さで上品だった。信号が青に変わった。白いブーツが何事も無かったように私の横を通り過ぎる時、女性は顔をむこうに向けたまま「ありがとう」とつぶやいて駅へ歩いていった。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集