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中編小説

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3000~10000字の中編小説を収めています。
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『オン・ザ・ウェイ』

『オン・ザ・ウェイ』

 僕は、学校に来ている。
 鳥のさえずりが、クラスメイトのざわめきに。木漏れ日とベンチは、長細い蛍光灯と硬い椅子に。僕を魅了していた物語は、教科書とタブレットに。ちょっと初々しく、少しうんざりで、それなりに楽しみだ。
 僕は、学校に来ている。

「セオリーを考えよう」
 人差し指を立てながら、伊藤先生は口にする。
 まだお互いが距離感とキャラ感を探っていた四月初め。卓馬は、「セオリーとか知らねぇし

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『誰かが、あなたと。』

『誰かが、あなたと。』

「そこ座ってもいいかな」
 春に春を重ねたような声。まばらな木漏れ日がページの上で揺れる。僕は栞をそっと挟んで本を閉じた。まだ、随分とページは残っている。

「あ、そこは座らないでほしいんだ」
「え、どうして?」
 困惑した声も春の趣。彼女は続けてさえずる。

「誰か、来るの?」
「あ、うん。おとうとが来るかもしれないんだ。ほら、そこに仮面ライダーのシールが貼ってあるでしょ。だいぶ剥がれかかってい

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『線の引き方』

『線の引き方』

 
 ぼくは、人生十年目にして早くも警察に追われている。誘拐する側される側。不幸なのはどっちだろう。

 ダンボール内の捨て猫のようにこちらを見つめる瞳。アルカイックな微笑みが張り付いた顔。そして、弱い握力で強く握りしめてくる小さな手。

「おなかすいた。豆乳ヨーグルト食べたい」
 さっきから五度目の発言。

 とにかく遠くへ──。無心で歩いてきたが、落ち着きを取り戻した幼稚園児は、空腹を思い出し

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『僕たちは嘘をついている。』

『僕たちは嘘をついている。』

 嘘が僕を作っている。言ってしまえば、僕は嘘だ。
 親子ほど離れている僕たちは、まぁうまくやっている。過去は気にしないし、嘘をつくのは、簡単だ。

 夕方チャイムが鳴り響く。このチャイムって全国共通なのかな。メランコリックなメロディをかき消す喚き声が聞こえたので、読んでいたカフカの「変身」から視線を上げた。小学校の教室にいたような気がする数名が、滑り台やらブランコやら鉄棒やらで駆け回って遊んでいる

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