バイオとローダ その3

 帰りのバスが丁度目の前で発車してしまった。溜め息とともにベンチに座ると、ローダが話しかける。

『でもさ。やっぱり、おかしいよ。』

「何が?」

『記憶よりも、記録。

 生よりも死を選んだときにさ。

 彼女くらい優秀なら、「生きていればいつか幸せ」くらいのセオリーは、知ってたハズじゃん。それに、生きてこその人生なんだとしたら、死には、何の意味も無いって言うのかい?彼女の決断は、何もかも間違いだって、そう言うのかい?』

「子どもみたいに、今日はがっつくなあ。」

 空を見上げながら、しばらくローダの問いを考える。

「彼女の場合、全ての行動は、愛と深く結びついている。だけど、それは別に、普遍的にどの人間もそうかもしれないけど。頭で分かっている知識の量と、実感を伴った愛や信頼を得た経験が釣りあっていない。或いは、それらの出発点となる、両親との絆が、物語の中盤で完全に壊れてしまっていた。」

「しかも、先天的な体質から、意識や記憶、感覚が、彼女にとっては非常に曖昧なものになっている。そうした、コントロール不能な身体感覚の中で、自分を世界と繋ぎ止めてくれる確かなものこそ、『インターネットの繋がり』と『知識』、そして客観的な『記録』だったんだろうね。」

『なるほどなあ。身体感覚と、人間関係が不安定だからこそ、おれたちとは違う価値観をもったのか・・・』

「だからこそ、彼女の選択を誰も責められないし、僕らは哀しいし、狂気さえも感じるんだろうね。」

『それでも、生きて欲しかったな・・・』

「ああ。僕たちのように、生まれながらに特異で、はみ出し者でも、生きて、愛を見つける人生を歩める人が、増えていくと良いな。」

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