価値観に縛られるから苦しい
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何を信じるかのベースは親の言葉。
刷り込みの価値観の弊害
様々な経験を重ねてものごとへの確信を高めて「こうしたらこうなった」の経験値は確信を増し、価値観として積み重ねられ、それがその人の真実となって善悪のベースをつくっています。
その中には、親からの「しつけ」も含まれ(というよりむしろ親の価値観をそのままダウンロードして大人になっていくと言った方が正しいかもしれない)それがまず無意識レベルに刷り込まれた判断基準に。
成長の過程で色々な人に出会い経験し自分の価値観が偏っていることに気づければ救われますが、親からの強力な呪縛がそれを阻み、自分自身を責め苦しみ「迷える仔羊」になっているのが今のメンタル問題の一端になっていると思うのです。
人の人生に口を出さない
そういう私も「他者を認める」ことがとても苦手で、恥ずかしながら自分の信じたものをお客様や家族にも押し付けようとして、身勝手にイライラしたりしていました。
その人の人生はその人のもの。
アドラー心理学でいえば「課題の分離」
「あなたはそうなのね、私はこれ」を貫けばいいだけで、受け入れて交わらなくても横においておけばいいし、ましてや非難したり、攻撃したりする必要もない。
「人は人」であって、それがどんなに大切な人でも自分の思い通りにはならないし、する必要はない。ただその思いを伝えあとはその人に委ねるだけでよい。
私は私の人生を着実に生きるしかないし、それが自分の思い通りの世界に変えていく。
自分が変わると周りが変わる
それを教えてくれたのが「呼吸と不食」でした。
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