どういう終わり方がよいか?(自然死という考え方)

自分の終わりについて考える

人生には必ず終わりがおとずれる。
いつかはわからないし、どのようにかもわからないが、必ず死ぬということだ。

どんな死に方がいいだろう?実現可能性を無視するならば、
自分がよいと思うタイミングに、薬を一粒呑み込めば、眠るようにして、必ず逝ける。
というものである。

まぁ、そんな便利な薬はないだろうから、この終わり方はあきらめるとして、これになるべく近い終わり方をしたいものだと思うのである。

そもそも、なぜそのような終わり方がよいかというと、いくつか理由があるが、まずは、苦しまなくてよい、ということだ。

この点だけ考えると、交通事故で即死、とか、災害にあって即死、とか
普通に道を歩いていたら流れ弾に当たって即死とか、
とにかく、自分が苦しいと思う暇もなく終わる、というものであればよいということになる。

他の理由としては、
・自分のタイミングで逝けるので準備万端、心残りなく逝ける
・自分のタイミングで逝けるので余計な金を貯めるために無理して働かなくてよい
・自分が動けなくなったり、意思表示できなくなったりしたときに、不本意な形で生き続けることを防げる(突発的な事故を想定しての準備だけは必要だろう)
といったところだ。

実現は不可能であるが自分が一番良いと思う終わり方に少しでも近づけるためには、
1.苦しまなくてよい死に方であること
2.準備万端、心残りない状態をつくる
3.生きていくのに困らないお金が準備できている状態をつくる
4.事故や病気など何らかの事情で体が不自由になったり、意思表示ができなくなった場合に不本意な形で生き続けることがないような準備ができている

上記4つを満たせるようにすればよいといえる。

2及び3は、終わり方というより今、つまり生き方に関わることであり、4については、生きている間に、様々な事態を予測してどれだけ準備できるかにかかっている。

2〜4は今不自由なく暮らせているならば、ある程度実行できそうなことなので、後ほどまとめてみたい。

問題は1なのだ。
必ず訪れる死であるのに、どのような感覚になるのかわからない死に方についていろいろ調べていると「自然死」(「平穏死」と言う言葉もある)という言葉を知ることができた。


「自然死」とは何か

苦しまなくてよい死に方はないものかといろいろ検索してみると、
「自然死」という言葉に出会った。
(「死に方」と検索した時点で、いのちの電話とか、とにかく自殺予防のサイトがすぐ出てくる…)

要は、「老衰」による死ということだ。
具体的にはどんな死に方なのか?本当に苦しくないのか?
その点が分からなかったのだが、

自然死の実態は 、前述の通り 、「餓死」(「飢餓」「脱水」)です 。

大往生したけりゃ医療とかかわるな「自然死」のすすめ 
中村仁一

餓死…。
自分で死ぬことを考えていた時に、選択肢の一つとして検討したことがあったが、非常に苦しそうな内容だったので(まぁ、どの死に方も苦しそうではあるのだが)、これはナシだろうと思いきや、

しかし 、同じ「飢餓」「脱水」といっても、死に際のそれは、違うのです。 いのちの火が消えかかっていますから、腹もへらないのども乾かないのです。
 人間は、生きていくためには 飲み食いしなくてはなりません。 これはあたりまえのことです。ところが、 生命力が衰えてくると、その必要性がなくなるのです 。
「飢餓」では、脳内にモルヒネ様物質が分泌され、 いい気持ちになって、幸せムードに満たされるといいます 。
また「脱水」は、血液が濃く煮詰まることで、意識レベルが下がって、 ぼんやりとした状態になります。

大往生したけりゃ医療とかかわるな「自然死」のすすめ 
中村仁一

おぉ!これは…思ったほど苦しくないのでは?
そう、こういう具体的な情報が欲しかったのである。

それから死に際になると、呼吸状態も悪くなります。 呼吸というのは、空気中の酸素を取り入れて、体内にできた 炭酸ガスを放出することです 。これが充分にできなくなるということは、一つには酸素不足、 酸欠状態になること、もう一つは炭酸ガスが排出されずに体内に溜まることを意味します。
 酸欠状態では、 前述のように脳内にモルヒネ様物質が分泌されるといわれています。 柔道に絞め技 というのがありますが、あれで落とされた人は、異口同音に気持ちよかったといっています。 酸欠状態でモルヒネ 様物質が出ている証拠だと思います。
 一方炭酸ガスには 麻酔作用があり、 これも死の苦しみを 防いでくれています 。
このように、死というのは自然の営みですから 、そんなに苛酷ではないのです。 痛みや苦しみもなく、不安や恐怖や寂しさもなく、まどろみのうちに、この世からあの世へ移行することだと思うのです。
 年寄りの”老衰死”には、このような特権が与えられているのです。

大往生したけりゃ医療とかかわるな「自然死」のすすめ 
中村仁一

これこそまさに、苦しまなくてよい死に方である。
私はこれを目指そうと思う。

とはいえ、必ずこのような穏やかな状態で死ねるとは限らない。

事故や病気などのときなど特にそうだが、医療とのかかわり方によって、自然死が妨げられてしまうことがあるようなのだ。

自分が、満足な意思表示をできなくなった場合の準備と共に、自然死が妨げられないような準備もしていきたいと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?