感謝できない人、あなたは変じゃない。

親から、先生から、先輩から。「感謝しなさい」と促され、お辞儀して口に出す。

「ありがとうございます」

でも、なぜか、心には感謝の念が湧いてこない。私おかしいのかな?温かい心を持ってないのかな?あの子はいつもニコニコでお礼を言うのに、私はできない。なぜだろう?ネットでは明るい人の特徴として「ありがとうを沢山言う」と書かれていたりして。私はできてない。明るい人になるために、ありがとうと言いまくらなきゃ。...いつしか、心は全く動いていないのにニッコニコでお礼を言うようになった。

ある日、会社で驚くべきことが起きた。

それは、初めて自分の意思で、「この一年は仕事に向き合う」と決意した時だった。

同じ部に嫌いな人がいる。ヒステリックな50代のOさん。その、職場で一番嫌いな人に、初めての"感謝の念"を感じたのだ。

私はそれまで、仕事に後ろ向きだった。世間に流されるまま就職して、働くという意味もわからなかったし、会社がどうなってもよかった。そして仕事自体も合わなくて、鬱になって休職した。

働いていないことが不安で、3ヶ月後そそくさと復職した。そこで幸運が巡ってくる。以前から部下になりたいと思っていたSさんが上司になった。嬉しかった。どんどん調子が戻った。仕事は相変わらず合わなかったから、辞める手もあった。でもある日、決めた。「この仕事は私に合わないけど、Sさんから学ぶために一年頑張ろう」

それが、この日だった。一番嫌いな人に、感謝の念を感じた日。

ヒステリックなOさんは、いつも私の粗探しをしてくる。普段だったら、何か言われても反省した顔を作って「すみません」と言うだけだった。口出ししてくるOさんを心底煩わしいと思っていた。

でもこの日は違った。「Oさんの小言が、私の仕事を成功させるために必要なことを教えてくれてるのだ」と感じられた。それは、生まれて初めて感じた、心の底からブワッと湧き上がるような感謝の念だった。

大嫌いな人に対してさえ、感謝を感じられた。それは自分で「一年頑張る」と決めたからだった。逆に言えば、それまで感謝の念を感じられなかったのは、自分で決められていなかったからだったのだ。仕事も住む場所も食べるものさえ、私は親に少なからずコントロールされてきた。私がやりたいことは否定され、親が勧めた学校に進み、勧めた職についた。「この料理は食べたくない」と伝えられないほどに、親のコントロール下に無意識に身を置いていた。

「一年頑張る」と決めた日、それは、受け身だった私が、初めて自ら決めた日だった。それは、川の流れのまま流されていたのを、川底に足を踏ん張り流れに立ち向かう感覚に近い。

だから、感謝を感じられない人、あなたは変じゃない。あなたはおかしくない。ただ、今は誰かの言いなりになってしまっているだけ。自分の意思を挫かれて、誰かが勧める道を川の流れのまま進んでしまっているだけ。

流れに真正面から立ち向かって、そして流れに逆行して手を掻き始めたら、きっとあらゆる物が助言や助けに思えるようになるんだろう。そしてあらゆる物に感謝しながら日々暮らせるようになるだろう。私もそこまではまだまだ至っていないけれど、少しずつコツを掴み始めたので、他の記事で書いていきます。