【創作】老人とゴミ
生ゴミの日。
その老人の管理人は、マンション前の道路脇に、住民の出したゴミ袋をきれいに並べる。
そして、緑色の網を入念にかぶせる。
私は、日課の朝の散歩中に、その勤勉で柔和な管理人とは顔見知りになっていた。
今朝も、そのマンションにさしかかったところで、声をかけた。
「やあ、カラス対策ですか」
「はい」
管理人は、網をかける手を止めて、私の方を向いた。
「いまは冬で、カラスも飢えてるんです。だから、ちゃんとしとかないと」
彼は道の向こうを見た。葉が落ちた桜の木の、高い枝にとまったハシボソガラスがこちらを見下ろしている。
私たちは、最近、このあたりにカラスが増えたことを話題にした。
それは、数軒先のアパートが悪い。ゴミ管理がずさんだからだ、と私は声をひそめて言った。
「網も何もかけてなくて、ただ生ゴミの袋が放り出されている。しかも、いくつかは前日から置かれているから、カラスがつつき放題になってますよね」
ビニールが破れ、無残に散らかった生ゴミの上を、このあたりの住民はしばしば通らなければならない。
それはこの管理人さんの責任ではないのだが。
「ああいう悪さをするのは、若いカラスです」
と彼は言う。
「ここは網をかけているから、大丈夫ですね」
「でも、これで万全というわけでもないんです。風でめくれたり、あとからゴミを持ってきた方がめくったままにしたり・・」
「あ、すみません、作業中に。お仕事を続けてください」
と私が言うと、彼はまた網を点検し始めた。
そして言った。
「カラスは頭がいいですから。人間がちゃんと対策をしていたら、敬意を払って、襲ってきません」
「へえ、そういうものですか」
「はい。カラスとは長い付き合いですから、よくわかっています」
「はは、長年の好敵手というわけですね」
私が言うと、管理人は笑って、また向かいの木を見た。
「グアア」
とカラスが鳴いてお辞儀をした。