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【Disney +】「ウォルサム殺人事件」 単独テロ(ローンウルフ)時代への教訓

【概要】


ABC制作の新作ドキュメンタリー(全3回)。Disneyプラスなどで公開中。


2013年4月、アメリカ・ボストンマラソン開催中に起こった爆破テロは、まだ記憶に新しい。

爆発の瞬間と流血の現場映像を覚えている人は多いだろう。2001年「9・11」の同時多発テロ以来、アメリカでは最大のテロ事件となった。

死者5人、負傷者約300人。「パトリオット・デイ」(2016)などの映画化もされている。

犯人はチェチェン移民の兄弟で、銃撃戦の末、兄(当時26歳)は死亡。重傷を負った弟(当時19歳)は逃走したが、警察は大捜索線を敷いて追い詰め、ついに逮捕する。その劇的な展開も、映画の中で描かれていた。

逮捕された弟は今年(2022年)、最高裁で死刑が確定した。

テロ組織の関与は証明されず、イスラム原理主義にかぶれた兄弟は、単独テロ犯(いわゆるローンウルフ)だったとされる。


このドキュメンタリーが扱うのは、そのテロ事件の裏側にあった、もう1つの事件だ。

ボストンマラソン事件の1年半前、ボストンの隣のマサチューセッツ州ウォルサムで、ある殺人事件があった。

2011年9月11日に起こったその事件では、3人の若者が喉を切られて殺された。しかし、警察は犯人をあげられず、メディアもあまり関心を持たなかった。

そのウォルサムの事件に、実はボストンマラソン・テロ犯がかかわっていた。

もし、ウォルサム事件が解決していたら、ボストンマラソン事件は防げたのではないか。

ウォルサム事件で知人を殺された女性ジャーナリストが、事件が起こった理由と、未解決で放置された理由、ボストンマラソン・テロとの関係や警察・FBIの問題を、執念で追及する。


<評価>


なかなかに複雑な話で、見る人を選ぶかもしれない。

ウォルサム事件を追求する女性ジャーナリスト、スーザン・ザルカインドの本に基づき、彼女のプロデュースで出来たドキュメンタリー。主な出演者も彼女。つまり、彼女の執念だけでできたような映画である。

その彼女の執念に共感できるかどうかで、評価が別れるだろう。

私は共感した。フリーのジャーナリストで、大きな組織のバックもない。「私が追及するしかない」という使命感がよく伝わってきたからだ。

そして、若者が、テロ組織とかかわりなく単独で起こす事件、いわゆるローンウルフ型テロの研究でもある。

日本で今年起こった、安倍晋三元首相暗殺事件も、ローンウルフ型テロだった。現代は、単独テロの時代である。

また、その意味で、ローンウルフ型と見られる2017年スペインでのテロ事件(若者たちがバルセロナ繁華街で車を暴走させて多数を死傷させた)を扱ったNetflixドキュメンタリー「800メートルの恐怖」の関連作と言える。


「思想犯」は犯罪を繰り返す


そもそも思想犯の再犯率は高い。思想的理由で犯行をおかすので、その思想が変わらない限り、犯罪はやまない。

たまたま12月14日、講談社への放火の疑いで、26歳の男が逮捕された。

彼は、8月にもアメリカ大使館近くで火薬を所持し、逮捕されている。もし8月の事件で起訴・収監されていたら、講談社の事件は起こらなかっただろう。彼もローンウルフ型らしく、思想内容はよく分からないが、これも思想犯の再犯例だ。

同じように、ウォルサム事件で犯人が捕まっていたら、ボストンマラソン事件の悲劇はなかったーーというジャーナリストの主張はよくわかる。

しかし、もしそれを認めてしまえば、ウォルサム事件を解決できなかった当局の責任問題になる。

現実に、ボストンマラソン事件は解決したが、ウォルサム事件はいまだ当局によって「犯人不明」のままにされている。ジャーナリストは、それが許せない。

事件解決はなぜ妨げられたか


ウォルサム事件が解決しなかった理由は、大きく3つある。

 殺された3人の若者が、大麻の売人であったこと。殺され方も残忍で、麻薬組織の抗争を思わせた。「ギャングの事件だ」という偏見で、市民やメディアの関心を呼ばず、警察も初動を誤った。
 ジャーナリストのスーザンは当時10代で、要するに殺された売人から大麻を買っていた仲だった。彼らは「ギャング」ではなく、普通の若者に近かった。
 2011年当時、大麻は非合法だったが、マサチューセッツ州では、その翌年から段階的に合法化される。現在同州は、大麻の所持も使用も、許可を得れば販売も合法である。
 その意味で、事件がもう数年遅かったら、対応が変わっただろう。

 ボストンマラソン事件後、犯人兄弟の兄の方が、フロリダのある男と連絡を取っていたことをFBIが知り、FBIはその男を訪れる。
 その際に、フロリダの男は、テロ犯の兄の方とともに、ウォルサム事件にかかわったことを供述しはじめた。
 ところが、供述中に男が暴れ出したため、男はその場でFBIに射殺されてしまう。
 それとともに、ウォルサム事件の真相も不明のままとなった。

 犯人弟の裁判の際に、ウォルサム事件との関連が改めて浮上する可能性があった。そうなれば、フロリダの件も含めて、再捜査されるかもしれなかった。
 しかし、残った弟の方をどうしても死刑にしたかった国と検察は、兄が主犯であったことを示すように思われるウォルサム事件を、蒸し返されたくなかった。
 そのため、検察はウォルサム事件への言及を裁判から排除するよう求め、裁判官によりその主張が採用された。
 結果、ウォルサム事件の解明はさらに遅れた。

ウォルサム事件の真相


スーザンの事件の見立ては、こうである。

2011年までにイスラム原理主義に染まっていたテロ犯(兄)は、チェチェンに戻って原理主義組織に加入するつもりだった。

その資金を得るため、フロリダの男とともに、麻薬の売人たちのアパートに押し入った。

その日は「9月11日」であった。おそらく2001年の同時多発テロへの「連帯」を示すため、この日を選び、自らの覚悟を示すため、カネを奪うだけではなく、アメリカ社会の悪習に染まった白人たちを「処刑」した。つまりウォルサム事件は、彼にとって最初の「ジハード」だった。

テロ犯の家族は、家族ぐるみでイスラム原理主義に染まっており、FBIにマークされていた。

そのFBIの情報と、事件が「9月11日」に起こった意味を、誰かが結びつけて考えていたら、ウォルサム事件は解決し、ボストンマラソン事件を未然に防ぐことができたはずだ。


しかし、以上のスーザンの見立てが、このドキュメンタリーで証明されるわけではない。

特にFBIは情報を公開しない。ウォルサム事件は依然「捜査中」ではあるが、メンツの問題もあって、解決しない可能性が高いだろう。(ただし、死刑執行までに犯人弟の新証言が出れば分からない、とは思う)

単独テロ(ローンウルフ)の時代


このドキュメンタリーでは、テロ犯がなぜイスラム原理主義に染まっていったかも描かれる。

チェチェン移民の彼らは、ロシアの迫害から逃れて、希望にあふれてアメリカでの新生活を始めていた。

テロ犯の兄弟は、どちらもスポーツに打ち込んでいた。兄はボクシングの才能があり、地元のジムで将来を嘱望されていた。

兄は、ボクシングでのオリンピック出場を夢見ていた。しかし、そのためにはアメリカ国籍がなければいけない。理由は不明だが、兄はアメリカ国籍を取れなかった。それが大きな挫折となる。

同時期に、家族の父が体を壊し、一家は、日本でいえば生活保護を受けるようになる。

精神的にも経済的にも追い詰められた兄弟は、ネットを通じて、イスラム原理主義にハマっていく。

兄は、ウォルサム事件などの強盗で資金を得て、生まれ故郷のチェチェンに一時戻った。そして原理主義組織に入ろうとした。しかし、ここでも理由は不明だが、組織への加入を断られる。

度重なる挫折の末、兄は弟を誘って、自暴自棄のテロ計画にのめり込んでいくのである。


前述の通り、今年起こった安部元首相暗殺事件も連想される。あれも、単独犯であった。

今の時代は、ネットから情報を得て、武器や爆弾を手製できる。ローンウルフ、単独犯テロは、日本でもいつでも起こりうる時代になっている。

彼らの出現と行動の予測は、極めて難しい。

このドキュメンタリーから学べる教訓は、「その最初の兆候を見逃すな」ということだ。

ローンウルフ時代の教材となるドキュメンタリーだと思う。


 

 
 






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