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【朝日・毎日新聞】「従軍慰安婦」から「安倍晋三暗殺」までの60年

こんな年表を作っているXのポストがありました。


この年表は、もう少しさかのぼることができます。

「従軍慰安婦」という言葉をつくった千田夏光(せんだ・かこう)は、元毎日新聞記者で、1964年に毎日新聞が発行した写真集「日本の戦歴」中の記述が「慰安婦」の初出、それを発展させたのが著書「従軍慰安婦」とされます(wikipedia「千田夏光」)。

1964年 「慰安婦」が新聞社出版物に登場 千田夏光(元毎日新聞記者)


そこから数えれば、今年は「60周年」ということになります。

従軍慰安婦問題は、朝日新聞の専売特許ではなく、最初に火をつけたのは毎日新聞で、その後も朝日に随伴して問題を広げたのを忘れてはなりません。途中、経営が傾いて再建会社となり、力が衰えたから目立たないけど。

1998年には、毎日新聞(2月4日夕刊)に、「中野で慰安婦映画『ナヌムの家』上映中、ヤジをとばした客に、客席にいた元慰安婦が反論し、場内が騒然となった」という捏造記事が載った事件もありました(1から10までウソの記事だった)。

1998年2月 映画館で元慰安婦が抗議、の捏造記事 毎日新聞


で、この年表のつづきとして重要なのが、2005年の「NHK番組改変疑惑」報道(朝日新聞)です。

上の年表の最後にある、2000年「民衆法廷」の正式名は「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」。従軍慰安婦の存在により、昭和天皇を「人道に反する罪で有罪」と判決した模擬法廷でした。

そのイベント自体が、元朝日新聞記者・松井やよりの関与によるものでした。

このイベントは、2000年12月にNHK「おはよう日本」で報道されたのち、2001年1月からNHK「ETV2001」で4回にわたり特集されました。

この放送に関し、当時の中川昭一・経済産業大臣、安倍晋三・官房副長官が番組制作に介入して放送内容を変えようとした、という記事が、朝日新聞2005年1月12日に出たわけです。


それについては、過去(安倍さんの暗殺直後)に記事を書きました。


結論を言えば、「そんな事実はなかった」です。

つまり、朝日は、「従軍慰安婦」のウソの上に、「従軍慰安婦問題に安倍らが不当に介入した」というウソを重ねて、自民党保守派をおとしいれようとしたわけですね。


2005年1月 従軍慰安婦番組に中川昭一、安倍晋三が不当介入したという捏造記事 朝日新聞


その後も、安倍官邸が報道に介入したようなことを、元NHKの池上彰が言ったりしてたけど、彼ら証拠を一切出さないですね。録音でもなんでもすればいいものを。ジャーナリストのくせに。

この「NHK番組改変疑惑」捏造の責任は、いまだ曖昧なままですが、元のウソである慰安婦問題については、決着がつきました。

2014年12月23日に、朝日新聞が長年の従軍慰安婦報道につき「訂正と謝罪」を出し、福島原発事故の誤報と抱き合わせのような変な形でしたが、責任をとって木村伊量社長が辞任しました。毎日新聞は何も責任取ってません。


2014年12月 朝日新聞が従軍慰安婦報道を謝罪 社長が辞任


まあ、従軍慰安婦については、国際問題になったから、その間にも膨大な事象が関連して起こっていますが、要は朝日・毎日と左翼が共謀したウソでした。

慰安婦という存在はあったが、朝日・毎日と左翼が言い立てたような、日本軍が強制連行した「性奴隷」ではなかった、ということは、昨今のラムザイヤー論文でも決着がついています。


思えば、1964年から、2014年まで、50年かかっている。

発端の1964年といえば、安倍晋三だってまだ子供ですよ。

そのくらいから積み重ねてこられたウソで、安倍晋三は殴られている。

この間、亡くなった人は、朝日・毎日の報道だけを信じ、真実を知らないまま死んでいったでしょう。

日本の評判は落ち、問題の処理に膨大な国家のリソースが使われています。


しかし、2014年に朝日が謝罪した直後、今度は「安保法制反対」と「もり・かけ・桜」で約10年間、朝日・毎日は安倍晋三を責めつづけ、結局、2022年の安倍暗殺まで追い込むわけですね。

こういう歴史を振り返ると、朝日・毎日がいまだに存続を許されていることが、わたしは不思議でなりません。



<参考>


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