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スタジオの性被害 ナスターシャ・キンスキーの場合
オリビア・ハッセーが12月27日に亡くなったが、彼女が死の直前、「ロミオとジュリエット」のヌード撮影について、未成年への性的虐待だったと監督と映画会社を訴えていたのは知らなかった。
1968年の映画「ロミオとジュリエット」に主演したオリヴィア・ハッセーとレナード・ホワイティングが、未成年ヌードをめぐって再び訴訟を起こした。
訴えられたのは、映画を製作配給したパラマウント・ピクチャーズと、DVDを販売するクライテリオン・コレクション。ハッセーとホワイティングは、2020年末にも、当時未成年だったのにフランコ・ゼフィレッリ監督からヌードになることを強要されたとしてパラマウントに対する訴えを起こしたが(ゼフィレッリは2019年に亡くなっている)、それとは別の訴訟だ。
(猿渡由紀 2024/2/20)
映画公開から50年もたっての訴訟も異例なら、5億ドルという、要求している賠償額の大きさも異例だ。
でも、まあ、訴訟は自由だし、オリビア・ハッセーには哀悼の意を表するが、特別の思い入れはないので、その件はどうでもいい。
ただ、「撮影中のヌード」と聞いて、思い出した話がある。
ナスターシャ・キンスキーが、「キャット・ピープル」製作中に、監督のポール・シュレイダーから受けた性加害だ。
オリビア・ハッセー(1951年生まれ、享年73歳)は、私より上の世代のアイドルだが、ナスターシャ・キンスキー(1961年生まれ、現在63歳)は、私の世代のアイドルだ。まあ、いずれにしろ、今の若い人は知らないだろうが。
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このナスターシャ・キンスキーの話は、映画評論家ピーター・ビスキンドの『イージーライダーズ、レイジングブルズ』という本に載っている。
この本は、いわゆるニューシネマ世代の監督たちが、いかに滅茶苦茶な映画制作をやっていたかを、丹念な取材で描いたノンフィクション。1998年に出版されると、全米ナンバー1のベストセラーになった。
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私も出た時に読んで、ナスターシャ・キンスキーの話がいちばん印象深かった。最近、洋書を整理していたら出てきたので、思い出していたのだ。
この本は、翻訳が出ていないと思う。だけど、有名な本だから、映画の専門家は読んでいるだろう。
*
ポール・シュレイダー監督「キャット・ピープル」の撮影が終わり、ポストプロダクションに入っていたころ。
当時21歳のナスターシャ・キンスキーが、恐慌状態でユニバーサル映画社の重役、ネッド・タネンの事務所に駆け込んでくる。
以下、タネンとナスターシャの会話。英語の「shot」が、「撃つ」と「撮影する」の両方の意味があるので、話がこんがらがる。
「どうしたんだ?」
「彼は私をショットしたの。ここを」
「何だって?」
「私をショットしたの。『ここ』を」
「誰かが君を撃った(ショット)のか?」
「ちがう、ちがう。彼がショットしたの。『ここ』を!」
「オーケー、最初から落ち着いて話してくれ。ショットしたのは誰だ?」
「ポール(シュレイダー)よ」
「ポールが君を撃った(ショット)のか?」
「ちがうわよ。私の『ここ』を撮った(ショット)のよ」
見ると、彼女の指が、下の方を指している。
タネンは、床の東洋風のラグに目を落とした。
「ちがうわよ! そこじゃない、『ここ』よ」
タネンは、彼女の股間に視線を移し、ようやく悟った。
「彼は、そこは映画で使わないと約束したのに」とナスターシャ。
「つまり君は、その、隠部を撮影されたのか?」
「そうよ!」
「なんでそんなことをさせたんだ」
「彼は恋人だったから、信じてたの。でも、彼はそれを映画で使うと言っているのよ」
そう言って、ナスターシャは引き攣ったように泣きはじめた。
"What's wrong?"
"He shoot me here."
"What?"
"He shoot me <here>." < > はイタリック
"Somebody shot at you?"
"No, no, no--he shoot me <here>!"
"Okay, let's start from the beginning. Who shot you?"
"Paul."
"Paul took a shot at you?"
"No, he shoot me <here>!" Kinski was jabbing her finger downward. Tanen cast his eyes down toward the Oriental rag. "No. not there, <here>!" He raised his eyes to her crotch. A light slowly dawned in his eyes.
"He promise he never put it in movie"
"You' re saying that he took some shots of your…..genitalia area….?"
"Yes!"
"Why did you let him do that?"
"Because he was my boyfriend and I believed him, but now he tells me he's going to put this in the movie." She began to hiccup hysterically.
Peter Biskind, Easy Riders, Raging Bulls, 1998, p411
この映画の撮影では、ナスターシャ以外は、みんなドラッグをやっていたという。
この件で、タネンはポール・シュレイダーに激怒した。
当然ながら「陰部」カットは使われずに「キャット・ピープル」は公開され、興行的にはコケた。
ポール・シュレイダーは、しばらくハリウッドで干されることになる(シュレイダーは、その間に、緒方拳主演の「ミシマ」を撮っている)。
なお、ナスターシャ・キンスキーの出世作は、ロマン・ポランスキー監督の「テス」(1979年)だ。
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13歳の子役への強姦容疑でアメリカから逃亡したポランスキーのことだ。「テス」撮影時にも、当時15歳のナスターシャとやったという噂があった。
でも、ナスターシャは「誘惑されたけど性行為はない」と否定している。