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アルツハイマー病研究、失敗の構造

科学は常に真理への探求とともに、多くの失敗の積み重ねの上に成り立っています。カール・ヘラップ教授著「アルツハイマー病研究、失敗の構造」は、長年にわたりアルツハイマー病の原因解明において一つの仮説であるアミロイドカスケード仮説に固執した結果、研究資源が偏在し、多角的なアプローチが十分に行われなかった現状を痛烈に批判した内容です。

従来、アルツハイマー病は脳内に蓄積されるアミロイドβ(Aβ)の存在を根拠に、その発症メカニズムが単純な因果関係で説明されると考えられてきました。動物実験ではマウスモデルを用いた実験で成功例が報告されたものの、実際の臨床試験においては新薬レカネマブなどがアミロイドの除去に成功したにもかかわらず、認知機能の改善には至らず、症状の進行抑制にとどまっているという矛盾が浮かび上がっています。

これは実験室での結果と現場での実情との間に大きなギャップが存在することを示しており、病因の理解に関して根本的な見直しが必要であることを強く感じさせるものです。

また、アルツハイマー病そのものの定義が脳の病理学的な所見に過度に依存して構築されてきた結果、臨床現場で実際に表れる症状との乖離が生じ、治療開発の方向性が誤った路線へと進んでしまったと考えられます。患者や家族、医療現場、そして研究者がそれぞれ異なる視点でこの病に向き合う中で、一つのモデルだけに頼る危険性は大きいものと考えられます。

さらに、限られた研究資金がアミロイドカスケード仮説を支持する方向へ一極集中してしまった結果、慢性炎症、タウタンパク質の異常、さらには老化や血管障害といった他の有望な仮説への検証が十分に行われなかった現状があることが指摘されています。ヘラップ教授はこのような「選択と集中」の罠が、結果として研究全体の失敗構造を生み出していると鋭く指摘しました。

本書では、これまでのアミロイドカスケード仮説に則った一辺倒なアプローチを批判するとともに、今後は老化、血管性因子、炎症、さらには生活習慣など、様々な側面から病態を総合的に解明する必要があると提案するものです。

「アルツハイマー病研究、失敗の構造」は、アミロイド仮説への過剰な依存が生んだ研究の袋小路の現状を明らかにし、多角的なアプローチの必要性を訴える一冊。このような誤謬に迷い込んだ研究を失敗であったことを認めること。それこそが未来への展望が開けるという視点だということです。アルツハイマー病研究の転換点を迎え、真なる原因を導き出すこと。そして、認知機能低下を抑制する対処療法ばかりでなく、認知機能を回復させるという解決策へと向かうことを期待します。

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