やる気教室第8話 目標は小さくしよう
〈前回までのあらすじ〉
県内有数の進学校である岩晴(いわはれ)高校の1年生の成瀬波 成瑠(なせば なる)は、勉強のやる気がでなくて困り果て、学校の相談室へと足を運ぶ。
しかし、そこにいたのはネット麻雀をしてサボっている相談員のもぐちゃん先生だった――?
「やる気がでない人間のプロ」だと豪語するもぐちゃん先生の相談室に行き、なるはもぐちゃん先生からやる気の出しかたを学ぶようになる。
成瀬波 成瑠(なせば なる)
岩晴高校1年生。やる気がでず、勉強に手をつけられなくて悩んでいる。
1日の平均勉強時間は30分未満で、課題を〆切までにだせないこともある。
学校にあと5分早く着くのが小さな目標。
もぐちゃん先生
岩晴高校の相談員。「やる気がでない人間のプロ」を名乗っており、やる気のはなしをすることにやる気があふれている。
デスクワークのやる気がでず、相談室でサボっている。
月々のアイス代を減らすのが小さな目標。
~ある日の相談室にて~
「わ~もうどうしよう~!!」
「どうしたんだ、そんなにあたまを抱えて」
「それが、中間テストの勉強計画をたてていたんですけど、テスト一週間前なのにぜんぜん勉強が進んでないんです……」
「どれ、ちょっとその計画とやらを見せてみ」
そう言って、もぐちゃん先生はわたしの作った計画表をのぞきこむ。
「うわーなんだこれ。予定びっしりじゃないか!」
「だって、テストに備えてしっかり勉強したいと思って……」
「……なる」
「なんですか、もぐちゃん先生」
「正直計画たてるとき楽しかったろ?」
「はい……。計画をたてているときは、『これでわたしも勉強をがんばって、テストでいい成績をとるんだ』って、意気込んでわくわくしていました。でも実際には、たてた計画をぜんぜん守れなくて」
「そうだよなあ。完璧な計画って、たててるときは夢があって楽しいから、計画をたてるのにいちばんちからを入れちゃうんだよな。その時間で勉強すればいいのに」
「もぐちゃん先生、いま正論を言うのはやめてください……。
とにかく、手をつけられなかったぶんのやることを残りの日数に割り振って、一日のやることを増やして計画を消化します」
「おいおいおいおい。最初の計画よりもやること増えてるだろ、それ。計画としては悪化してるぞ」
「わたしだって無茶だと思いますよ。でも、こうでもしないと計画の遅れを取り戻せないですよ」
「いいか、なる。覆水盆に返らず。諦めろ。断念するんだ。着手できなかったものは、あとから取り返すことができない」
「でも、この計画通りにやらないとテストの点数が……!」
「気持ちはわかる。だけど、いまのなるは理想に執着していて、その通りにできなかった自分を受け入れられていない。
そもそも、計画そのものに無茶があったんだ。計画を守れなかったときにやることは、目標を上げて当初の計画に追いつかせることじゃない。計画を小さくして、実行できるようにするんだ」
「ぐすん……いまからでもめちゃくちゃがんばって、計画をこなせませんか? 睡眠時間を削るとか」
「定期テスト対策で徹夜するのは、百害あって一利ないから絶対にやめとけ。徹夜すると疲労がたまって集中力が落ちて、当日のパフォーマンスが下がる。そして、徹夜で勉強したところであたまには残らないから、その場しのぎはできても長期的にはムダだ。そんなことをするくらいなら、自分のペースで勉強してきちんと寝たほうがいい」
「計画を諦めろっていうんですか……?」
「かならずしも目標を下げることが悪いこととは限らないぞ? もっと勉強したいなら、下げた目標をクリアしてからやればいいわけだ」
「! まあ、たしかに……」
「それじゃあ、今日はもぐちゃん先生が『目標は小さくしたほうがいい理由』について説明するぞ!
なる、そもそもなんで目標が必要なんだ?」
「テストでいい点をとるため、ですか?」
「そうだ。そして、成績を上げればいい大学に行ける。いい大学に行けば、やりたいことや夢が叶う。
つまり、わたしたちは『しあわせになる』ために目標をたてているんだ。
ところがどっこい、高い目標をたてると不幸になる」
「なんでですか? 目標を高く持つのは、夢を叶えるためにはいいことだと思うんですけど」
「そう、”夢を叶えるために”わたしたちはつい高い目標を掲げてしまう。するとどうなるか。この図を見てくれ」
「あれ!? なんかものすごい既視感が……! これ、いつものわたしのパターンじゃないですか!」
「高い目標をたてても、寝坊したり、予定が狂ったり、疲れてたり、やる気がでなかったりして、計画が先延ばしになる。あるいは、無理して夜ふかしして計画を進めるひともいるかもしれないが、どのみち次の日に疲れが出て、その帳尻合わせで計画が進まなくなる。そもそも高い目標そのものが負担に感じるから、やる気をだしにくい」
「その結果、大量のやることが残るわけですね。まさにいまのわたしです……」
「そしていまなるは『こんなはずじゃなかった』と、自己嫌悪で苦しんでいるわけだ。こうして、高い目標をたてると最終的に自分を責めて不幸になるんだ。
だからな、究極的には、自分を責める材料にするくらいなら、計画なんてなくていいんだよ」
「計画がなくていい? はじめてそんなこと言われました。いつも学校で『計画をたてなさい』って言われてきましたし」
「でも、『最悪計画はなくてもいい』って考えると、ちょっと楽にならないか? 計画がなければ、計画を守れない自分を責める必要はない」
「それはたしかにそうかも。どうしたって自分のたてた計画を守れそうにない気がするときがあるので……」
「さて、いっぽう目標を小さくするとこうなる」
「自己肯定感爆上がり、これぞしあわせになれる計画だ。
目標を低くした場合は、簡単にその日の予定を達成できる。すると時間が余るから、先の予定を進めることができる。ウィニングランだな。また、もし目標を達成できなくても、それほど負担なくやることを消化できる。結果、目標を達成できて、余裕があればプラスアルファでほかの勉強にも手をつけられて、自信がつくんだ」
「そうですよね。やっぱり目標は小さくしたほうがいいですよね。
……わかるんですけど、高い計画をたてずにはいられないというか。いい成績がとりたくて、つい計画をつめこんでしまうんです」
「高い目標をたてるのをやめるのってむずかしいんだよな~。もぐちゃん先生もつい『あれもやらなきゃこれもやらなきゃ』になっちゃってなあ。
高い目標には中毒性があるんだ。自分を変える理想的な計画を書いて、それに酔いしれるのって気持ちいいんだよ。だけど、それがのちのち自分の首をしめるんだよな」
「でも、自分に負荷をかけることも、成績を伸ばすうえでは大事だと思うんです」
「そうだな。高い目標を諦めたくない場合、小さい目標をたてるかわりにできる方法が2つある。
1つは、最終目標を100点として、その途中までの状態を点数化するんだ。たとえば、このページまで進めば70点、この章までやったら50点、というふうにな。そして、今自分が進めている勉強の点数をとにかく10点増やすことに注目する」
「計画が達成できたかできてないかの2択で評価するんじゃなくて、勉強の進み具合を点数で評価するんですね」
「そういうことだ。もうひとつは、目標を『松竹梅』の3つにわけるんだ。松は『がんばってここまで行きたい』という高い目標、竹は『ここまでできれば合格』という目標、梅は『どんだけひどくてもここまではやっておきたい』という小さい目標だな」
「この方法なら、高い目標も小さい目標も両方立てられますね」
「それじゃあ、テストまで残り日数も少ないので、目標を下げて勉強がんばりますね」
「おう。自分にできることを着実にやるのが大事だぞ~」
わたしはもういちど、机に向かって計画をたて直しはじめた。
「うわあ。机片づけてたら一ヶ月前にたてた計画表がでてきた。ぜんぜん達成できてないな、忘れよう……」
「もぐちゃん先生も背伸びして目標をたてちゃったんですね……」
参考文献
バックナンバーはこちら
この記事を書いたのはこんなひと