『そういうふうにできている』さくらももこ 「良い距離感の母子」
このnoteは、本の内容をまだその本を読んでない人に対してカッコよく語っている設定で書いています。なのでこの文章のままあなたも、お友達、後輩、恋人に語れます。 ぜひ文学をダシにしてカッコよく生きてください。
『そういうふうにできている』さくらももこ
○以下会話
■まる子の妊娠と出産
「母親の気持ちになれる本か。そうだな、そしたらさくらももこの『そういうふうにできている』がオススメかな。この本は、著者のさくらももこが、赤ちゃんを妊娠してから出産するまでの体験を記録したエッセイなんだ。
ちびまる子ちゃんは、作者さくらももこ自身をモデルにしているから、そのまるちゃんが30代になって、結婚して出産すると考えると、すごい不思議な感じがするよね。
『そういうふうにできている』は、妊娠発覚後から経験した、検診や手術の外的なことと、不安や興奮の内的なことが両方書かれているんだ。さくらももこ自身は、この本で出産を勧めるわけでも勧めないわけでもなく、自分に起きたことをフラットに綴っただけだと思うけど、読み進めていくうちに、自分もこの経験をしてみたいと思えてくるんだ。僕は独身男性だけど。
■子どもとの距離感
『そういうふうにできている』で心地良いのは、母であるさくらももことその子どもとの距離感なんだ。一般的に子どもの話となると、いわゆる親バカというのか、やたらと自分の子どもを溺愛する親が多いよね。僕も親になったらそうなってしまうんだろうけど。でもさくらももこは自分の子どもに対して適切な距離をとって接していて、そこが読んでいて心地良いんだよ。
もちろん母親として充分な愛情を注いで愛を持って育てているけれど、少し一歩引いて、客観的に子どもをみているスタンスがあるんだよね。
子供は私のお腹の中にいた。そして私のお腹から出てきた。わが子であることは間違いない。だが、私のものではない。この子は私ではなく、私とは別の一個体なのだ。これから先、この子は私とは全く別の自分の人生を歩んでゆく。私のお腹は地球に肉体を持って生まれてくるための通路にすぎない。お腹が切られた時、この子が地上に降り立つための扉が開いただけだ。彼は私の分身ではなく、彼以外の何者でもない。
自分が成し遂げられなかったことを子どもにやってもらおうとして、子どもに過度に期待してしまうのが普通だと思うんだ。だけど、自分と子どもを切り離して考えて、ひとりの「人間」として対等に扱ってるよね。
まだ僕は自分の子どもがいないから、単に自分の子どもを「かわいいかわいい」と褒めてる文章を読んでも、いまいち共感できないんだよね。「そこまで無条件に全部かわいいとは思えないよ」って引いてしまう。だからさくらももこの子どもとの距離感は、「人の子どもの話を聞く」にはすごい読みやすいんだ。
さくらももこの文章は、おちゃらけたひょうきんな口調の中にも、ふとしたことろで本質を突くドキッとさせられる言葉が入っているんだ。これが彼女の魅力なんだよ。
■擬人化された挿し絵が魅力
この本の面白いところは、さくらももこの「挿し絵」なんだ。エッセイを語ってるのに「その挿し絵が良い」って言うのは、自分でもどうかと思うんだけど、やっぱり所々に入った挿し絵がとても良いんだよね。
挿し絵の中でも一番良いのは擬人化された挿し絵なんだ。例えば、「便秘」の章で描かれた「直腸で留まる悪魔の封印石」となる、便を擬人化したイラストがとっても良いんだよ。
ホルモンバランスの影響で多くの妊婦さんが便秘になるらしく、普段そんなことには悩まなかったさくらももこも、便秘になったんだ。便秘が三日近く続いた日に、便秘を出すことを決心してトイレで1時間半格闘したんだ。あぶら汗垂らしながら、うなっていたエピソードが書かれている余白に、「フフフフ。私をどかせるものならばどかせてごらん。」とつぶやく悪魔の石の挿し絵が載ってるんだ。
言ってしまえば「妊婦が便秘になった」ってだけのなんてことないエピソードなんだけど、擬人化された挿し絵が描かれることで、白黒の文章に色が塗られたかのように、すごく面白く感じるんだよ。
これは普通の文筆家にはできない、さくらももこだから出来るエッセイの書き方だよね。挿し絵を入れて文章のイメージを補うことは、ある種の逃げのように思えるかもしれないけれど、その挿し絵で話が豊になるなら絶対に入れたほうがいいよ。
思えば一般的な小説は文字だけで完結していて、挿し絵は描かれないよね。でも、その小説にとってプラスに働くなら挿し絵を入れてもいいと思わない?確かライトノベルはイラストが入ってるよね。
株式会社トーハンの調査では、中学校、高校の図書館の貸し出し本ランキングで上位を占めてるのは、ライトノベルなんだ。ライトノベルが人気な理由は色々あると思うけど、「挿し絵が入っている」のは、大きな要因だと思うんだよ。
一般的な小説も挿し絵を入れたらいいのに。この『そういうふうにできている』はエッセイだけど、挿し絵があるのとないのでは、絶対にある方が面白いよ。
■一つの人生観を綴ったエッセイ
男だと妊娠出産を経験することができないから、僕がこの本で書かれていることを追体験できないのが残念なんだ。妊娠出産を経験したお母さん達は、僕よりもっとこの『そういうふうにできている』に共感して深く楽しめると思う。
妊娠して、鬱になって、便秘になって、帝王切開して、名前に悩んで、我が子をかわいいと思って、全てのことは「そういうふうにできている」と言って受け入れていく。この本は妊娠と出産というテーマを扱ってはいるんだけど、そこにとどまらない、もっと大きな、さくらももこ流の人生の考え方が記されているんだ。」