『歯車』芥川龍之介 「死への恐怖が書かれてる」と、暗い雰囲気で
このnoteは、本の内容をまだその本を読んでない人に対してカッコよく語っている設定で書いています。なのでこの文章のままあなたも、お友達、後輩、恋人に語れます。 ぜひ文学をダシにしてカッコよく生きてください。
『歯車』芥川龍之介
【芥川龍之介を語る上でのポイント】
①『芥川』と呼ぶ
②芥川賞と直木賞の違いを語る
③完璧な文章だと賞賛する
の3点です。
①に関して、どの分野でも通の人は名称を省略して呼びます。文学でもしかり。「芥川」と呼び捨てで語ることで、文学青年感1割り増しです。
②に関しては、芥川賞は純文学、直木賞は大衆文学に贈られる賞です。それ以上は僕もよくわかりません。調べてください。
③に関しては、芥川はその性格上完璧を求めるが故に短編が多いです。僕個人短くて凝ってる文章が好きなので、まさに芥川の文章は僕の理想です。
○以下会話
■芥川の自殺の原因が書かれている暗い私小説
「読むと暗い気持ちになる小説か。そうだな、そしたら芥川龍之介の『歯車』がオススメかな。『歯車』は芥川の自殺の原因が書かれている暗くて深い私小説で、なんと自殺する3ヶ月前に書かれた作品なんだ。
『歯車』は、当時雑誌で連載されてたんだけど、第一章が発表されてすぐ芥川が自殺してしまったんだ。だから芥川が死んでからも、残りの原稿を発表し切るまで連載が続いたんだよ。なんかちょっと不気味だよね。
この作品にはこれといったストーリーはなくて、芥川を自殺に追い詰めた不気味な幻想や精神的な苦しみが描かれているんだ。
■レインコートを着た幽霊
『歯車』は主人公の「僕」(芥川龍之介)が披露宴に向かう途中に、床屋の旦那から「レインコートを着た幽霊」の話を聞くところから物語が始まるんだ。
その話は、雨の降る日にレインコートを着た幽霊が出るという話なんだ。その話を聞いて以来、汽車を待っている時とか、友人と話している時とか、事あるごとに街中でレインコートを着た人を目にする様になるんだ。レインコートを着た人が突然街に増えたのか、レインコートを意識するようになったからそう感じるかは分からないけど、だんだん不気味に感じてくるんだよ。
そして更に、ビルの間を歩いていると、視界の中に空中に浮かびながら回っている半透明の歯車が見えるんだよ。その歯車を見ていると、原因不明の頭痛がするんだ。
ある日、ホテルで執筆活動をしていると、「義理のお兄さんが列車に轢かれて死んだ」と電話がかかってきたんだ。しかもその時義理のお兄さんは、レインコートを着ていたと伝えられたんだよ。
それ以来「僕」はレインコートだけでなく、タクシーとか、もぐらとか、飛行機とか、火事とか、色々な物に死のイメージを持つようになってしまったんだ。そして、それらを見かける度に自分に死が迫ってきている恐怖感を覚えるようになってしまうんだよ。
そしてその苦しみから逃げるために、夜の東京の街をあてもなくさまようんだ。だけどそんな時は決まって、視界の中で歯車が回り始めてキリキリと頭痛がしてくるんだよ。
しばらくすると、「僕」は死への恐怖感に耐えられなくなって、奥さんと一緒に田舎に療養しに行くんだ。そして一日中布団にくるまって過ごしたんだ。
ある日、「僕」が二階で寝ていると、奥さんが急にドタバタと階段をかけ登って、扉の前でピタっと止まって、またゆっくり階段をおりていく音がしたんだ。何だろうかと思って、布団から出て一階に降りて奥さんに聞くと、こわばった顔で「あなたが死んでしまいそうな気がして」と言うんだ。
その言葉に主人公はハッとしたんだ。「自分の内側で渦巻いてた死への恐怖が外側にも溢れ出てしまっている」と気づくんだよ。奥さんを不安にさせてしまったことを申し訳なく思って、自分が嫌になるんだ。そして最後に「誰か僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはいないか。」と言って話は終わるんだ。
■川端康成が認めた作品
この小説は世間的にはあまり有名ではないけれど、芥川の隠れた名作として呼び声高いんだ。川端康成とか佐藤春夫といって文豪が、芥川の最高傑作として評価しているんだよ。死に至るまでの苦悩が描かれていて、読み手の想像力を必要とするから玄人好みなのかもしれないね。
■一度気になり出したら
この作品のテーマは「死への恐怖」だけど、更に噛み砕くと「取り憑かれる恐怖」だと思うんだ。「僕」はレインコートの幽霊の話を聞いて、それからレインコートが気になってしまい、そこに死のイメージを重ねておびえているよね。歯車が気になり出すと、より一層歯車にとらわれていく。町中にある色んなものと死のイメージを結びつけて、そのものを見る度に自分と死を結び付けて考えてしまい、最終的には自ら命を落とすんだ。
芥川は完璧主義な性格で、なんでも神経質に追求する人だったんだ。だから一度気になり出したら常に頭から離れないんだと思う。きっとレインコートも前から視界にあったんだけど、話を聞いてから意識する様になって、レインコートを見る機会が増えたと勘違いしただけなんだ。例えば一度AirPodsが欲しいって思うと、街でAirPodsを付けてる人が気になりだすみたいな。その感覚で死への恐怖も自家発電式に自分の中で増幅していったんだ。そして実は芥川の母親は精神病だったらしく、芥川は自分も病気が遺伝されてるって信じてたんだよ。がんじがらめに取り憑かれてしまったんだよね。
■歯車の正体
題名にもなってる芥川が視界に見つけた「歯車」は、実は閃輝暗点(せんきあんてん)という片頭痛の予兆として表れる現象らしいんだ。頭痛の予兆として、視野の真ん中に太陽を直接見た後の残像の様な点が見えることがあって、それが閃輝暗点という視覚異常なんだ。そしてこのことから『歯車』で描写される頭痛は片頭痛の症状だって考えられるらしいんだ。
実際に以前医師国家試験で『歯車』の中の視界に歯車が見えた表現から、その原因として片頭痛を選ばせる出題があったんだ。面白いなって思う反面、ちょっとの寂しさもあるよね。
というのも、科学は世の中を便利にするけど、美しい文学に介入して正体を暴くのはちょっと野暮かなと感じてしまう。ここでの頭痛は芥川の精神的な苦しみ、歯車は芥川を死に至らせた悩みの象徴という観念的な認識で充分で、「それは偏頭痛と閃輝暗点だ」って正解を突きつけられても全く感動しないよね。興ざめ。
でも例えば鬱病の人の中には「今まで抱えてきた漠然とした不安に病名を付けてくれたことで安心出来た」って感じる人もいるから、芥川本人としてはもし当時お医者さんに病名を当てられていたら安心できたのかもね。自分だけじゃないって思って、救われたのかもしれない。
こんな感じで暗いけど面白さはあるから是非読んでみて。今度感想聞かせてね。」