『かちかち山』芥川龍之介 「芸術性が高い」と、惚れ込んで
このnoteは、本の内容をまだその本を読んでない人に対してカッコよく語っている設定で書いています。なのでこの文章のままあなたも、お友達、後輩、恋人に語れます。 ぜひ文学をダシにしてカッコよく生きてください。
『かちかち山』芥川龍之介
【芥川龍之介を語る上でのポイント】
①『芥川』と呼ぶ
②芥川賞と直木賞の違いを語る
③完璧な文章だと賞賛する
の3点です。
①に関して、どの分野でも通の人は名称を省略して呼びます。文学でもしかり。「芥川」と呼び捨てで語ることで、文学青年感1割り増しです。
②に関しては、芥川賞は純文学、直木賞は大衆文学に贈られる賞です。それ以上はよくわかりません。
③に関しては、芥川はその性格上完璧を求めるが故に短編が多いです。僕個人短くて凝ってる文章が好きなので、まさに芥川の文章は僕の理想です。
○以下会話
■芥川の芸術性が光る作品
「美しい小説か。そうだな、そしたら芥川龍之介の『かちかち山』がオススメかな。おとぎ話のカチカチ山を、ストーリーは変えずに芥川の文体で書いた作品で、芥川の「美しい世界を描きたい」という気持ちが入った作品なんだ。短いから3分もかからず読めるよ。
■静かな復讐
『かちかち山』は、お婆さんを殺されたお爺さんとうさぎが共に哀しむシーンからスタートして、セリフは一切なく静かな情景と共に、たぬきへの仕返しを描いているんだ。
童話時代のうす明かりの中に、一人の老人と一頭の兎は、舌切り雀のかすかな羽音を聞きながら、しずかに老人の妻の死をなげいている。
この文章から始まるんだけど、芥川の世界観バリバリで、幼稚園生置いてきぼりだよね。
お婆さんを埋めた土には花のない桜の木が一本。うさぎはうなだれるお爺さんをいたわり、海辺に繋がれた二艘の船を指さすんだ。木の船と泥の船。お爺さんは涙に濡れた顔で静かに頷く。互いに互いをなぐさめながら、二人は力なくお婆さんに別れを告げる。うさぎは立ち上がり、船へと向かう。明け方の半透明な光が降り、舌切り雀のかすかな羽音を聴きながら、うさぎは木の船に乗り、たぬきを泥の船に乗せ、静かに海へ漕いで行く。お爺さんはようやく顔を上げ海の方へ目を向けると、曇りながら白く光る海の上に、最後の争いをしている二匹を見つける。間も無く泥の船は沈んでいき、それと共に一匹の影も消えて行く。お爺さんはうさぎに向かって高く両手をあげる。すると花のない桜の木には貝殻のような花が咲き、明け方の半透明な空には金色の太陽が昇った、、、というお話なんだ。凄い綺麗で美しい世界でしょ。
■太宰治との対比
おとぎ話や中国の古典を題材にして、作家独自の味を加えて書き直す試みは昔からよくされていて、実は太宰治も『御伽草子』という短編集で、カチカチ山を題材にした小説を書いてるんだよ。二人の「カチカチ山」を読み比べてみると、世界観の違いが明確になって面白いんだよ。
まず、芥川の『かちかち山』は、「人間の美しさ」を描いてるんだ。復讐という生々しい行為の裏にある純粋な心の動きと、静かな空気感を書くことで、「人間の美しさ」を表現しているんだ。お爺さんと共にお婆さんの死を哀しむ「共感」という美しさと、お婆さんの敵討ちに向かう「強さ」という美しさと、危険を冒してくれたうさぎへの「感謝」という美しさ。醜い行為に隠された美しい部分に焦点を当てて、芸術性の高い文体でカチカチ山を描いているんだ。
一方、太宰の『御伽草子』は、「人間の醜さ」を描いてるんだ。太宰は、たぬきを太ってて不潔な中年オヤジ、うさぎを可憐な16歳の少女に擬人化して、復讐劇を描いているんだ。そして面白いのは、この小説のうさぎの復讐心の源は「オヤジがキモい」からなんだ。もちろん仲の良かったお婆さんを殺されたことはムカつくんだけど、それよりも、キモい狸オヤジがことあるごとに鼻の下を伸ばしながら話しかけてきて、臭くて、汚くて、うざいから、良い機会だと思って復讐するんだよ。そこには、若い娘に好かれようと必死な中年オヤジと、心底ウンザリしている少女の醜い争いが生々しく描かれているんだ。
■描きたい世界観がある
『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』っていう本知ってる?「かやくを入れて、お湯を入れて、3分待って、お湯を切る」というカップ焼きそばの作り方を、もし太宰や三島などの文豪が独自の文体で書いたら、どんな説明文になるのかを実際に書いてみた本なんだ。
例えば、それぞれの洋服のブランドにそれぞれのデザインがあって、それぞれのアーティストにそれぞれの曲調があるように、文章の世界にもそれぞれの作家にそれぞれの文体があるんだよ。そのそれぞれの文体で同じ「カップ焼きそばの作り方」を書いた文章がひたすら並んでいるんだ。
まず色んな文章の中でも「カップ焼きそばの作り方」を選んだことが面白くて、さらに文豪たちの文章の再現度もかなり高くて面白いんだよね。
何が面白いかって言うと、それぞれの作家の世界観が全く違う点なんだ。カップ焼きそばを作るというスタートは一緒なのに、文字を追って行ったら海を潜ってたり、山に登ってたり、スタート地点に戻っていたり、全く違う道をたどるんだよね。同じテーマなのにこんなにも違う世界が描けるのかってびっくりする。そのオリジナリティの差異が面白いんだ。
『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』と同じように、この「カチカチ山」も、芥川と太宰で全く違う世界観を描いてるから、その差分だけ面白いんだよね。もちろん『人間失格』と『羅生門』とか、二人の他の作品を読んでもそれぞれの世界観が全く違うことは分かるんだけど、テーマも時代性も登場人物も何もかもが違うから比較する気になれないんだよね。だから同じ題材で書いた『かちかち山』と『御伽草子』は是非読み比べて楽しんでほしい。対照実験だね。今度感想教えてね。」