ダイエット&ボディビルBL「愛と筋」35
KBCでは、体重や身長などのクラス分けはなく、各部門の出場者全員が同じステージに立って審査される。
流れとしては、まず予選に出る12名がピックアップされ、予選、決勝へと進む。
ボディビル部門が終わったあと、フィジーク部門のピックアップ審査、予選、決勝が行われる。
年齢分けもされていないので、尚太郎の前で受付しているのは10代らしきピチピチマッチョで、後ろにいるのは50代らしきナイスミドルマッチョだ。
緊張しながら受付をして、数字が入った缶バッジを受け取った。65番。これが尚太郎のエントリーナンバーだ。
その後、まだ客を入れていない観客席に集められてKBCスタッフから注意事項などを通達され、バックステージに移動した。
選手たちはチューブやダンベルを使って最後のパンプアップをしたり、着替えなどの出場準備をしている。
彼らの前に設置されている大きなモニターには、現在行われている開催式の様子が映っている。主催者であり審査員長でもある楠木会長があいさつ代わりにデッドリフト500kgを挙げている。大盛り上がりの歓声が、ステージ裏にまで響いてくる。
「……楠木会長、すごいですね」
「だろ」
誇らしげな藤に、尚太郎はむっと口を尖らせた。
「自分のことみたいに喜ばないでください」
「なんだよ嫉妬してんのか?」
「……しちゃダメですか」
藤は苦笑して、赤飯おにぎりを尚太郎の口につっこんだ。
「ふ、ふがふが(な、なにするんですかっ)」
「おまえが家に帰ってる間に作ったんだ。食え」
「ふがふがふが(なんで赤飯なんですか)」
「俺たちが童貞と処女を卒業したお祝い」
「ふが……(お祝い……)」
「それと、減量で萎んだ筋肉にカーボを入れて身体を張らせるため」
そういうことか……と思いつつ、尚太郎は咀嚼した。そこまで厳しく炭水化物を制限していたわけではないが、それでも減量を続けてきた身体には、ことさら美味しく感じられる。毛細血管の隅々まで行き渡っていくようだ。
「うぁぁ、おいしぃぃ」
「俺とどっちがおいしい?」
「ッ! げほ! ごほっ」
「なんだよそのリアクション。マイスイートハート藤、って即答しろよ」
「や、やめてくださいよ。お米が鼻腔に入りかけたじゃないですか」
「で、どっちだ。早く答えろ」
「……ま、マイスイートハート藤さん、です」
「よし」
にこっと笑った藤が反則級に可愛くて抱きしめたくなったが、人目があるし恥ずかしいので自重した。
「そろそろ準備しろ」と言われて服を脱ぎ、下に履いていた黒いビルパンに缶バッジをつける。勝負の場に出るための戦闘服としては無防備すぎだが、これでいい。ビルダーにとっての戦闘服は己の肉体だ。
その肉体に、藤がツヤ出しのためにオイルを塗ってくれる。
(もうすぐだ……もうすぐ、始まる)
緊張感がどんどん高まっていく。四肢が小刻みに震え出し、指先の感覚がなくなっていく。
「ふ、藤さん……」
「頼りない顔すんな。勝負の前に心が負けちまったら勝てるもんも勝てなくなるぞ」
「はい……」
「おまえの股間のように堂々としてろ」
「やめてくださいよっ」
「何万人もの男の股間を包んできたビルパンの包容力によって、かろうじて収まってる状態なんだから気を抜くなよ。ステージでこんにちはしたら即座にさようならだからな」
「わかってますよっ」
内股になって股間を押さえて睨む尚太郎の肩を、藤はくくくと笑って叩いた。
「心配すんな、その股間が霞むほど、この肩はでけぇ。背中と脚の形もいい。ステージでも見劣りはしねぇよ」
(藤さん……)
尚太郎は口を引き結んだ。
藤はいつもふざけた言動をするけれど、本当は優しい。これまでも尚太郎のために懇切丁寧に指導してくれた。プライベートな時間を割いてトレーニングにつきあってくれた。おかげで脂肪を脱ぎ捨てて立派な筋肉をまとうことができた。人前に立てるほどの勇気も手に入れた。
――私なら、君を変えられる
あの言葉は、本当だった。
「ステージの上では、ヒーローになれる。行ってこい」
彼の存在が、背中を支えてくれる。
「はい!」
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