陶芸進化論ch1:ノイラートの船
土をこね、立ち上げ、潰し、伸ばし、削り、乾かし、焼き、釉薬を施し、また焼く…、いくつもの工程を経て陶磁器は完成を見る。作陶とはなんと手間を取る行為か。繁忙期には、窯から出てきた素焼きを見て、二度も焼いていられるか、なぜ一度で一人前にならないのだと、なじりたくなる。
だから陶芸は面白いと言う方もいれば、伝統的に決まっていることだからと納得する方もいるだろう。しかしながら、ここではあえて、そもそも”何故なのか”と考えてみたい。陶磁器を定義するものは、おおよそ材料とプロセスであろうから、この疑問は陶磁器の半分を理解する足掛かりとなるはずだ。
作陶のプロセスを遠くから眺めてみると、ふとある話を連想した。哲学者オットー・ノイラートが述べた比喩「ノイラートの船」である。
この話は知識の総体を海の上に浮かぶ船に例えたもので、知識を一から作り直すことは出来ず、部分的に改修していくしかないと主張するものである。知識は土台となる知識の一部を改修することで発展し、後の人はその改修を学問体系として学ぶこととなる。たしかに、算数でも国語でも、手ほどきに学ぶものほど古くに発見された事柄で、応用的な知識は後の時代に確立されたものであることが多い。
知識の発展プロセスを表した「ノイラートの船」は、知識を媒体として受け継がれるあらゆる行為にも当てはまるはずだ。いわんや、陶芸をや、である。つまり、作陶における土練りから本焼きにかけてのもったいぶった工程は、船の改修履歴なのではなかろうか。かつて、祖先は土に可塑性があることを発見し、さらに時を経て、熱を加えることで可塑性が失われることに気がついた。その後は、より高温で焼成することで、固く、水漏れしない容器となることを学び、火をコントロールする術を磨いた。先祖累々の積み重ねを時代順に並べれば、なんと作陶のプロセスにそっくりである。
しかし、作陶上のプロセスと、歴史的流れとが一致するからといって、それらが根っこでつながっていると決めつけるのは早計である。ヒトは賢しい生物であるため、不要とみなした工程を飛ばしたり、根底から別の手法を模索したりすることもできる。そう思えば、作陶の各作業は器の完成に向けた必須事項であって、効率的な作陶のために収斂した結果なのかもしれない。また、作陶の歴史も、発展しやすい部分が順に発展してきただけなのかもしれない。作陶のプロセスと作陶技術の発展史は、タイムスケールに大きな隔たりがあるものの、器を作るという最終目的を見据え、効率的なステップを踏んだ結果、あたかも相似形となったという可能性を否定できない。
余談だが、「ノイラートの船」は、その汎用性から様々な分野において引き合いに出される。例えば、生物学者エルンスト・ヘッケルが提唱した反復説がある。この説は、生物の個体発生は系統発生を繰り返す、つまり、生物は受精卵から発達する過程で、進化上の姿をなぞると主張している。生物の体は「ノイラートの船」であり、ほ乳類の胎児ならば、魚類→両生類→羊膜類→ほ乳類と進化を早送りするように成長するというのである。これはヘッケルの観察による説であるが、現在は否定派も多く、議論が続いている。否定派には、個体発生時の手の形成はヒレのような形から変形させるのが最も効率的なだけであって、魚類からの進化史とは関係ないという旨の主張をする人もいる。これは、作陶のプロセスと作陶技術の発展史の一致を偶然とみなすのと同様である。
世の中には、似て非なるものがたくさんある。私たち陶芸家が「船」の乗組員であるかどうか、いまここで、はっきり結論付けることは難しい。かつて、わが国で、造形思考を通じて、陶芸を陶芸という概念が成立する以前にまで戻そうとする試みが成されたことがある。彼らは、無意識に「作陶のプロセスからの脱却=歴史からの脱却」と捉えたのかもしれないが、「船」が実在か蜃気楼かを確かめないことには、その前提の真偽は定かではない。いずれにせよ、作陶のプロセスは、陶芸のアイデンティティに深く関わっているのは間違いない。
以上、比喩を発端に思い描いたことである。結論が要領を得ないが、そもそも、「ノイラートの船」というのが、あらゆるところに出没しては真実を隠してしまう幽霊船なのかもしれないのだ。ご容赦願いたい。