拡張生態系:西洋的自然観での位置づけ
まとめ 私たちはどのように自然と関わっていけばいいだろうか?僕は、拡張生態系(人の手で多様性を増やすことで、機能が拡張された生態系)という概念を知って以来、この問いに答えられそうな気がしていた。ただ、うまく言葉では表せなかった。最近、大学の授業で西洋的自然観の変遷を追い、ようやく言葉に落とし込むことができた。一言でまとめると、「自然に敬意を払いつつも、人間として自らの住む環境への責任は持つ」、「自然をあるがままにするだけでも、人間の計画通りに自然を押し込めるわけでもない」、となる。この記事ではまず、敬意・責任・あるがまま・計画通り、という言葉を、古典的西洋的自然観の批判的検討からでてきたものとして、紹介する。そのうえで、僕が掲げた一見相反する自然への姿勢が、拡張生態系において、既に実現されていると主張する。
自然といって何を思い浮かべるだろう?人の手がつけられていない原生林だろうか?確かに、原生林の「自然らしさ」は、魅力的である。実際、僕も原生林への憧れはある。しかし、原生林だけが自然ではない。そして、「あるがまま」だけで存在できる原生林はごく一部に限られている。
先の、自然は人里離れたところにあるんだという考えは、神聖なものやアメリカの開拓時代への憧れから来ていると、Cronon は言う。しかし、この人里離れた自然への幻想は、作られたものとしてではなく、古くからあった当たり前のものとして、人々の間で受け入れらている。
同じような幻想は、環境保全の取り組みでも見受けられる。そもそも、環境保全は、人類の影響を受ける前の状態を基準にする。そして、いかに生態系をもとの「自然な姿」に戻すかを考える。しかし、変化が当たり前の自然において唯一の基準点などない、とMarris は指摘する。また、人類の活動の影響が不可避な今日の生態系において、外来種駆除などによって「自然な姿」を維持するのは局所的には可能であっても、広域では難しい。
環境保全で使われる基準点の代わりに、Marris は今の生態系を放っておいた状態(novel ecosystem)を自然のデフォルトとして提案する。これを聞くと、潜在植生を連想されるかもしれない。しかし、その土地が人間の影響を受けていない中、放っておいたら育つ植生が潜在植生なので、novel ecosystem と潜在植生は異なる。一方、novel ecosystem と対になる概念は designer ecosystem である。それは、人間が意図して管理する生態系、と定義される。designer ecosystem のもっとも分かりやすい例は、都市部の児童公園のように明らかに人のためにデザインされたものだろう。ただ実は、「自然な姿」の維持を目的とした、保全活動も designer ecosystem に含まれるのだ。「自然な姿」の維持も、人間が意図した管理だからである。多くの原生林は、国立公園などの仕組みで守られ、ただ「あるがまま」存在しているわけではないことが分かるだろう。
ここからは、これまでに紹介した概念(自然らしさという幻想・novel ecosystem・ designer ecosystem)を使って、拡張生態系の位置づけを探っていく。
自然らしさという幻想の弊害は、私たちが住む環境に対する責任の回避であると、 Cronon は分析した。ただ同時に、自然を尊重することにおいて、この幻想は長けていたとも認めている。その点、拡張生態系は、理想化された自然が持つ弊害を避けつつ、自然の尊重も欠かさない。
この主張を、拡張生態系を農業に持ち込んだ協生農法から説明しよう。協生農法は、食糧問題と環境問題の同時解決を目指している。ゆえに、私たちの住む環境への責任を持っているのは明らかだ。さらに踏み込んで、協生農法の理論的ベースとなっている「生態学的最適」を、自然の尊重と捉えられないだろうか。そもそも、「生態学的最適」の対に当たる概念は「生理学的最適」である。モノカルチャー(一つの農地で一つの作物を育てる農業)が、肥料・農薬・機械を使って収量を最大化するとき、その作物に固有の「生理学的最適」が満たされているという。一方、協生農法が、多様な有用植物を導入するとき、それぞれの植物は競争・共生関係によって決まった「生態学的最適」にいるという。協生農法では、「生理学的最適」な環境を人間が作ってやるのではなく、植物に「生態学的最適」を見つけてもらうのだ。そんな協生農法はモノカルチャーよりも、収量を安定的に確保できることが知られている。これは、自然を尊重し、全ての答えを人間が持っているわけではないと、謙虚になることで生まれた、自然との関わり方の一例である。
もう一つの角度から、拡張生態系の新しさに迫ろう。「本来の自然」が、実は人間によって恣意的に作られたものであった、という Marris の指摘は、確かに鋭い。ただ、基準点としての本来の自然という幻想を取り払っても、どう自然に介入すればいいかの道筋は見えてこない。なぜなら、designer ecosystem と名づけて、人間による介入を肯定しても、万能な介入法が見つかるわけではないからだ。そればかりか、ある目的に基づく介入が、別の目的を妨げることはしばしばある。例えば、農地も保全地も designer ecosystem であるが、農地は生物多様性を下げ、保全地から食料は得られない。そして、生産量と生物多様性がトレードオフの関係にある限り、二つの間を取ったどんな生産手法(減農薬、有機栽培、自然栽培など)も、二つの目的を妥協していることになる。ここに、食糧生産をなんとなく自然に任せるのがいいという、novel ecosystem への幻想が新たに生まれるかもしれない。しかし、どこで妥協するかの選択をせずに、novel ecosystem の成り行きに任せても、妥協していることに変わりはない。この、トレードオフ関係を打開しない限り、ある地域で保全活動をしても、別の地域が人類を養うために必要な食糧生産をする。すると、地球レベルでは、生物多様性の損失が避けられないのだ。
拡張生態系は、多様性を人為的に増やすことで、このトレードオフの解消を試みる。そして、このアプローチは、novel ecosystem とも designer ecosystem とも分類し難い。まず、先程の協生農法を含めた拡張生態系には明らかに意図があるため、 novel ecosystem とは異なる。加えて、予測がしにくい中で農場管理をするため、目的に応じて環境をコントロールする designer ecosystem とも一線を画している。拡張生態系は、生物多様性と生態系サービスに正の相関関係を見つけた上で、具体的な計算(どの生物がどう関わるか)はそのときどきの自然に任せているのだ。すると、拡張生態系(augmented ecosystem)は、novel ecosystem と designer ecosystem が止揚されたものと解釈する他ないように思われる。こうして、拡張生態系は、西洋的自然観の変遷の上に、位置づけられるのだ。
余談だが、この記事が扱った自然観の拡張は、同じように複雑で予測や管理が難しい社会にも、応用できるだろう。まず、国家や民族などに定められれた基準点は、実に恣意的なものである。この認識のもと、グローバリゼーションによる人々の交流でできた社会を、デフォルトの novel society と捉え、国家の移民政策(もしくは国内の移住政策)でできた社会を、 designer society (響きがディストピア...) と捉えてみる。もし、人々の多様性と社会的な機能(住みよさ等)に正の相関関係を見いだせれば、積極的に多様な人々を受け入れたり、既にいた人の抑えられてきた多様性を解放したりして、拡張社会(augmented society)を提案できる。
このような拡張社会の実現には、人々の多様性と社会的な機能のマクロな相関関係を見つけることが鍵になるだろう。ただ、この相関関係は、社会においても生態系においても、全く自明でない。生態系には淘汰圧がかからないため、生態系の機能は進化の産物とはいえない。ゆえに、多様性がどんなメカニズムでどの機能を向上させるかを探る必要がある。社会においては、多様性が尊重されること自体が一つの社会的機能といえるが、それ以外の機能については、同様の検討が必要である。いや、そもそも社会こそ、ただあるがままが、かけがえのないものなのか?深めたい問いは尽きないが、それらはこれからの探究に回し、この記事はここで終えることとする。
注:
拡張生態系の解釈と説明は、個人的なものです。生態学的最適等の理論のより厳密な定義は、下記の論文をあたってください。
参考文献
Cronon, William. "The trouble with wilderness: or, getting back to the wrong nature." Environmental history 1.1 (1996): 7-28.
Marris, Emma. Rambunctious garden: saving nature in a post-wild world. Bloomsbury Publishing USA, 2013.
Funabashi, Masatoshi. "Synecological farming: Theoretical foundation on biodiversity responses of plant communities." Plant Biotechnology (2016): 16-0219.
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