映画「ここにいる、生きている」と、バタイユと吉本の全体性 体験デザイン研究所・風の谷 第1回7/18 19時 by宮台真司
長谷川友美監督「ここにいる、生きている。」(近日公開)解説
テーマは、世界中の沿岸部で生じている海の砂漠化(磯焼け)だ。原因は海水温の急上昇。百年オーダーで対処できない。切口は、天然昆布の枯渇と高騰だ。我々の生活形式が既に変容を強いられている。気付いているのは漁師とグルメだけ。程なく誰もが気付くだろう。
問題は、原生自然の間接化だ。分業編成の複雑化を背景に、経済を市場に閉ざされたものだと—「交換」で完結すると—観念してしまった。だが270年前のケネーと70年前のバタイユと50年前の宇沢弘文が、経済は原生自然からの有限の「贈与」に依存すると警告していた。
つまり知恵は存在した。「後は野となれ山となれ」という構えで知恵を無視しただけだ。だが人類史的には最近の頽落だ。分業編成が複雑化する前、原生自然からの贈与を忘れない—貰ったものは返す—構えが普遍的だった。長谷川監督が長く所属した宮台ゼミで学んだ。
だがこの二百年、「後は野となれ山となれ」の非倫理的存在が、「貰ったものは返す」倫理的存在を敗者として周辺化した。ケネーの影響を受けつつ、原生自然からの贈与を記す「経済表」を、資本主義擁護のために削除したスミスは、それでも「同胞感情」の観念で周辺化を戒めた。
この流れが明らかにするのは、資本主義の不可避性と、それを回す倫理的存在の不可欠性だ。スミスはこの倫理を感情と呼んだ。この映像作品は、かつて我々が持ち得た感情(を支える生活形式)をいかに取り戻せるかを、深く考えさせる。映像媒体の最後の使命だ。
最後の使命? 経済が市場で完結するとの勘違いが原生自然を不可逆に破壊し地質年代を刻む「人新世」。安全・便利・快適は「既に」飛んだ。タイトルが全てを示す。ここにいる、生きている。動植物だけではない。山も川も海も人も。その奇蹟を告知した一瞬の閃光…今消える。
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解説への補遺(阪田さんへの手紙)
映画解説にバタイユが触れられています。具体的には『呪われた部分――普遍経済の試み』第二巻(49年に刊行)です。
ロジックはこうです。
①ヒトは「性愛」から分離された「社会」を打ち立てて社会を進化させてきた。
②だから「社会=言葉・法・損得への閉鎖」から見ると「性愛」は呪われた部分だ。
③これは不自然な「疎外」だから元いた時空に戻ろうとする。それがエロスだ。
④だから、「禁忌でありつつ聖性(力湧く時空)である」のが、性愛の本質となる。
⑤禁忌&聖性なる「元いた場所」の両義性の忘却で、交換に閉じた経済が生れた。
⑥交換に閉じた経済は原生自然の贈与の忘却だから、必ず原生自然が復讐する。
神父の子で、「キリスト教学」から「ヘーゲル全体性研究」に浸ったバタイユが、破滅的失恋を経て時間をかけて到達した「真の全体性」を記しています。
バタイユが圧倒的なのは、破滅的失恋を経た「終わりの風景」から全てを思考する所です。両義性に耐えずに片側に淫することで全て終るのだという確信です。僣越ながら僕も似ます。
④と⑤のあいだに、常人では及びも付かない跳躍があります。「終わりの風景」を見た者にしか到達できない「真の全体性」です。ヘーゲルの全体性を遙かに超えた「無限」のことです。
「終わりの風景」とは『MONSTER』最終巻の「終わりの風景」と同じ。誰より心優しいヨハンがそれゆえに体験した、破滅的失恋と同型的な「母との別れ」です。
ヨハンが天馬に「あなたも終わりの風景を見た」と言います。誰より心優しい天馬がそれゆえ体験した地獄を指します。一口で、対幻想への没入による共同幻想からの完全疎外—。
吉本いわく、かつて対幻想の延長上に共同幻想があった(母系父権)が、共同幻想を対幻想と対立させる(父系父権)所から、国家を前提とする法生活が始まる。
その吉本が『呪われた部分――普遍経済の試み』第二巻に解説を寄せているのがこれです。「対幻想とは宇宙との同一化なのだと気付いた」と。
20世紀の思想者の中で、バタイユと吉本だけが「真の全体性」に到達したと思います。そう思う理由は、以上の短い記述からお分かりいただけるでしょう。
*MONSTER最終巻(18巻)に対応する動画版(72、73、74回)です。僕の話が深く分かるでしょう。MONSTERはバタイユの普遍経済学の素晴らしい具現化です。涙なくして観られません。対幻想と対立しない共同幻想へ…という不可能に見える吉本の処方箋と同じものを示します。同時に、「社会という荒野を仲間と生きる」という僕の処方箋の意味をも指し示します。
宮台真司(社会学者)
阪田晃一(キャンプディレクター)
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