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劇場版モノノ怪 唐傘 考察2「何を、捨てた?!」令和に轟く救済ストーリー


続いて、考察&感想に参りたいと思います。アサとカメについてです。

才色兼美、「私には、捨てたいものしかありませんでした・・」と打ち明けるアサ

◆中村監督が語る テーマは『合成の誤謬』

中村監督自身がおっしゃっていた劇場版モノノ怪のテーマは

         ” 合成の誤謬 ”

ハテ? 日常あまり使わない、経済学の用語らしいですが。

個人の利益は、個々の集りであるはずの集団になるとなぜか全体の利益に反することもある。

その狭間で迷い、打ち捨てられ、忘れてしまった大切なもの。

     薬売りさんが問う 「何を、捨てた!?」

アサとカメ、北川とその同僚は、歌山は、淡島は麦谷は・・何を捨てた?

そして現代の自分達に当てはめてみれば、

社会人となり封印した本当のわたし。学生さんなら周りと合わせて置き去りにした素の自分。家族の為に自分の時間をすべて捧げるお母さん。

どの立場の人であっても、誰しもが、個と集団の狭間で、組織の中でのあるべき姿を優先し、捨ててしまった思いがある、と身に覚えがあるものと思う。

物語を通して、令和のすべての人々に薬売りさんは寄り添い、問いかけている。

           「何を、捨てた!?」と。

天真爛漫だがあまり実務には向いていないカメ。家では叱られた事がないという設定

◆アサとカメ

情念渦巻く大奥が舞台で・・などというCM動画があったので女の愛憎と嫉妬がうずまく、天子様の寵愛を巡るお馴染みの大奥どろどろバトル・・かと思いきや、新人のアサとカメにとって大奥はそれぞれなりたいものは違うが希望に溢れた"職場" という斬新な設定。(アサは御祐筆に、カメは御中朧に憧れる)

才色兼美で異例の引き立てにあうアサにより引き出される周囲のただならぬ感情。憧れと好きなものには素直で忠実だが、実務的な仕事にはまるで向いていないカメ。

愛されたい。認められたい。必要とされたい。

組織の中で認められたいために、私は、私の大事な、何を捨ててしまったの?と、

この物語の根底に流れるテーマ 合成の誤謬 が、アサとカメの二人の関係を通しても 繰り返し、問いかけてくる。

北川と同様、アサも、決してデキるタイプではない相棒のカメに暇を出した。北川とアサ、見た目が同じに見える行為だけれど、

アサは「守るために、捨てなければならないのです・・」大奥にいたらまた同じ目に遭ってしまうだろうカメを守るために、大奥を去るように(書面で!)伝えた。

歌山にそれを報告した時、アサの手は震えていた。カメとは違いあまり顔に表情を表さないタイプのアサの感情は手に出る。(えっ、もう行っちゃうの?また明日ね。という時、手に力が入っていたりとか。)

北川は、自分の相棒に暇を出してから、井戸に身投げしてしまった。北川が最初に井戸に投げた人形、その人形の手からすり抜けた唐傘が荒れ狂いモノノ怪となる。けれど・・・

唐傘はモノノ怪であり、人の命を奪う。けれどその奥に見えるモノノ怪の理は、悲しみや怒りや、それこそ合成の誤謬に対する割り切れなさや、攻撃と紙一重である守りたい思い (私と同じにならないで 乾かないで)。そんな複雑精妙なモノノ怪の理が見えてくる。(だから「許せ」なんだなあと・・)

北川様の回想?が語られている中、アサが井戸に落ちそうになるカメの腕を思わず掴むと、それは北川だった・・・(北川がカメに見えてしまい、思わず体が先に動いてしまったアサ。この辺りは心象風景と回想とが入り乱れている感じに思えました)

今度は、井戸に落ちるアサの手をカメが力いっぱい掴んで引き上げる。この流れがすごく象徴的・・・アサはカメを(大奥から去らせる事によって)助けようとしたはずが落ちたのは自分で、力いっぱい引き上げてくれていたのはカメだったというこの心理描写の見事さ!唸るしかないです。

そして アサの眼からブワッと涙があふれ、あの冷静沈着なアサが叫ぶ。(毎回つられ泣きしたシーンです)・・・誰かが誰かを すくいあげる (救いあげる)、この循環。 

落ちていく北川の手をつなぎとめたのはアサの姿で描かれている。けれど気づいて救われたのは誰なのか。アサとの対話の中で、北川が、かつての北川自身を、井戸の底に落ちていく自分自身を繋ぎとめた瞬間なのだ、と私には思えた・・・

ラストでは、永のお暇(いとま)をもらうカメ。

一方で、大餅曳の儀で 毅然と、しかし晴れやかに「よいしょー!」と勇ましい掛け声と共に御筆を振るうアサ、と。

大奥を去るおカメ、大奥に残るアサ。道は違えど。

アサの帯にはカメがおばあ様にもらった櫛が差し込まれ、

カメは輝くかんざしを髪にさしていた。アサの最初の荷物にはこんなキラキラな櫛はなかったはずだから、アサが位が上がって賜った品なのかなあ…キラキラ櫛の出所は10回映画見ても今だに分からないけど。アサからだったらいいな。そう、思いました。

お互いの心を髪に、帯にさして。
たとえ離れても、捨てない事、大事なものは自分が決める。

おカメが聞く、「何だったの?アサちゃんの大切なもの!」
(おそらく幸薄だった環境で育ったアサにとって)懐に飛び込んでくるようなおカメの存在、おカメとの時間はかけがえのない愛しいものだったのだと思う(実務は全く困ったちゃんだけど…)。でもここ大奥ではおカメにとって辛い事の方が多くなるのは目に見えてる。アサの大切なもの。カメが近くにいてくれるより、カメが笑ってくれている事を大切としたのかな。

劇中では様々な形の「捨てる」が展開されていた。
言われるままに捨てた(本当は捨てたくなかった)、そして本当に捨ててしまった(麦谷、淡島)。
捨てて乾いてしまった心(北川)。
守るために捨てた。見かけは切り捨てたように見える行為、けれど最初から捨てていないアサ。
役割のために己と己の生命を捨てた。(歌山)・・・


映画館で「何を、捨てた!?」と問いかける薬売りさんは、実はあなた自身であり、物語と一緒にあなたは、あなた自身に問いかけ、愛されたい認められたい必要とされたいが為に、井戸の底に捨ててしまった自分自身の片割れを見つけ出す・・・

うーん、やっぱり今回も予想以上に深かった。令和の救済ストーリー。

物語の重要なキーであった元御祐筆 北川


捨てたけれど捨ててはいけないものは、自分が選ぶ。いつだって選び直すことも出来る。すべては自分のこころひとつ。

乾いてはいけない。けれど、だからといってずぶ濡れになる事もない。そうだ、傘をさせばいい。

傘を自分の手に取り戻して、笑ってみせよう。北川の大事なお人形さんの本来の姿のように。

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