【29】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? 染め織り篇⑧
「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第29回 染め織り篇⑧「織り進める」
お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。
前回「染め織り篇」⑦では、機(はた)ごしらえを済ませた吉田美保子さんが、緯糸(よこいと)を染めて織れる状態まで準備したようすをレポートしました。今回は、いよいよ染め織り部門のクライマックス、機織りです。
■機織りスタート!
2021年4月9日、準備万端整えた吉田さんは、機織りの工程に入りました。織機は大島紬を織っていたという中古の改良機で、吉田さんの染め織り人生をともに歩んできた相棒ともいえる愛機です。
踏み木(ペダル)は4本あり、それぞれ綜絖(そうこう)に連動するので、決められた踏み木を踏み、上下に分かれた経糸(たていと)と筬(おさ)で成す三角形の中を通るように杼(ひ)を投げます。杼には緯糸(よこいと)を巻いた小管(こくだ)がセットされています。
右手で持った杼を「投げる」のですって。私が「通す」と言ったら「投げます」と教えてくれた吉田さん。ごもっとも。ずるずる通していたら経糸に負担がかかりますね。
右手でさっと投げようとする瞬間。左手は待っています。
左手でキャッチしたら、空いた右手は筬柄(おさづか)を持って、通した緯糸を2回打ち込みます。力強く打ち込むことで、目の詰まった丈夫な織物となります。
次は左から右へと投げます。
緯糸を入れていくと、織り目が見えてきます。以上の一連の動きを、下の30秒ほどの動画で見ることができます。
■畝織と平織コンビで魅せる
緯糸の色は、冷たい湧き水をイメージした輝くような薄いブルーグレー1色ですが、吉田さんは織り組織に創意を凝らしていました。
織り目をクローズアップしたのが下の写真。コバルト(濃い青)を境に白っぽい縞Aと水色ぼかし(ブラッシングカラーズ)の縞Bで構成されて、写真中央のところ横一文字に上下で組織が変わっているのが分かると思います。
ついでに言えば、縞Aのコバルトの両端から内側に向かってグレーから白への微妙なグラデーションもしっかり確認できますね。
もっと拡大した下写真を、十字に4分割してみます。上右の水色が入った縞Bは、経糸1本に緯糸1本が交差する平織(ひらおり)、上左の縞Aは、経糸2本に緯糸が1本が交差しています。これが畝織(うねおり)です。もう少し詳しく言うと横畝織(よこうねおり)です。
上写真の下半分を検証しましょう。こちら下左の縞Aは経緯(たてよこ)1本ずつの平織、下右の縞Bは経糸2本につき緯糸1本の畝織です。今回は、緯糸14越(こし)ごとに織り組織を切り替えています。
畝織を採用したのは、上の写真にあるように経緯1本ずつ交差する平織に比べて2倍の長さで糸が渡っているため、プロジェクト糸の光沢のある美しさをより表現できるからでした。しかし、組織としてはほんの少し弱くなるため、丈夫な平織を互い違いに配することで、着る物としての強さを維持しています。織物としての面白みと、実用の一石二鳥をかなえるデザインです。
そのため、少し遠目には縞に見えますが、近くに寄ると組織の変化により、市松模様が浮き立って見えるようになります。うふふ、おしゃれでしょ。
この組織織りのために綜絖が4枚必要でした。上下の写真は機織りを横から見たところ。綜絖が上下することで経糸が計画通りに上下に分かれます。
綜絖の上下は紐で連動させた踏み木(ペダル)を踏むことで可能となります。下の写真では、織り進めて緒巻き(おまき)から経糸が引き出されてゆくにつれ、機草(はたくさ)が下に落ちて行っているのも確認できます。
緯糸を14越(こし)織り入れるたびに踏み木の踏み方が換わるので、14ずつ数えながら織っています。
下写真手前の織られているところで組織織りが確認できますね。生まれたてのホヤホヤながら、緯糸を得て、織物が歌い出しているようです。
緯糸が入ると、経糸の色が馴染むように中和して見えます。経糸を染めるときは、緯糸が入ることを考え、メリハリがつくようある程度強く色を染めるのだそうです。また「ニュアンス付け」のため、薄めの染料でぼかしたブラッシングカラーズも他の絣技法では得られない、いい表情になります。
機のすぐ脇では、緯糸を巻いた小管たちが「小管立て」で待機しています。
■機一周ツアー
織機の後ろに回ってみましょう。これから織られる経糸たちが、織り進められるにつけ綜絖に近づいてゆきます。
美しい経糸たちに見とれていると、綾棒(あやぼう)が見えてきました。
綾棒も織り進めると前に移動してくるので、時折、綜絖から離します。離しすぎると糸の上下移動により糸同士がすれて負担になるので、適宜に。
せっかくだから、下からも見てみましょう。おお、システマチック!
「あら、きれい」吉田さんも、うれしくなって撮った下の写真。経糸Bに行ったブラッシングカラーズの「ずらし」の面白みが表れています。
下写真に見える経糸は、裾あたりでしょうか。絹糸が照り映えて、ざぁーっと、本当に水が流れているみたい!
織り進めると、経糸の景色も変わります。1日におよそ2尺(75㎝)ほど織ります。
下は、緒巻き。機草に守られ、経糸が狂いなく並んでいます。
1周回りました。機の織物の上に付けているのは「織り伸子(しんし)」。機張り(はたばり)ともいい、吉田さんは布の下に付けますが、説明のために上に付けて撮影しました。人によっては上に付ける作家さんもいるそうです。織り伸子によって、織った布の幅を安定させ、織りやすくします。
右の小箱に置いているのは、織り目を確認するためのルーペ、問題を修繕した糸を留めるマチ針、綜絖通し、ピンセット、毛羽立った糸を落ち着かせる、ふのりを薄めた糊液。
■問題発生!
「あっ」吉田さんは問題を見つけ、動きを止めました。どこでしょうか?
ここです。下の写真のマチ針のところです。
原因は下写真のように経糸に結びこぶがあってひっかかり、経糸をすくって織っていました。今回のプロジェクト糸はほとんどトラブルがありませんでしたが、珍しかったから撮っておいたって。
結びこぶを切って、経糸の残り糸を用いて機結び(はたむすび)でつなぎます。補修した糸は、ひと目先に落としておき、織り終わってから処理して問題解決! こうした対応のため、経糸の残りを補修用に取っておきます。
■「シルクロード」の終着点を思いながら
お待たせしました。黙々と機を織る吉田さんです。気を付けているのは、姿勢をキープすること。姿勢が悪くなると、身体が疲れ、打ち込みのテンションが変わってしまうとか。14越ごとに踏み方を変えるので、数えながら集中して織ります。
どんなことを考えながら織っているのか、尋ねてみました。
「お蚕さんを育ててくれた花井さん、糸を作ってくれた中島さん、このプロジェクトをnoteに取りまとめて書いてくれる安達さん。メンバーの期待を背負って、みんなの思いを込めて織っていました。そして、5人目のメンバーのことも考えていました。」(吉田さん)
5人目のメンバー?
「この織物を買って、着物として着てくださる方です。一方的に作るだけではなく、着てくださる方がいて、初めてこのプロジェクトが完成すると思います。どなたが買ってくださるか分かりませんが、その方がお召しになる、その時が今回の『シルクロード』の終着点だと思います。」(吉田さん)
1年近く月日をかけて、丹精した桑をお蚕さんに与え、結んでくれた繭から丁寧に糸を引き出し、美しく染められて織物になってゆく過程。この連載の副タイトルにもなっている《私たちのシルクロード》の終着点は、どんなところ(どんな方)なのか。その方の身を美しく守り、その方自身の美しさを引き出せるよう、吉田さんは心をこめて、ひと越ひと越、織り続けました。
上の動画は54秒。最初にルーペでのぞいているのは、14越ちゃんとあるか確認しているところだそうです。あっという間に確認終了です。祈りを込めた織物が生み出されている瞬間を共有しましょう。
毎週月、水、金曜にアップしている本連載。次回は6月18日(金)です。いよいよ織り上がりますよ! どんな織物になったか、ご期待ください。
*本プロジェクトで制作したこの着物を、お一方にお頒けいたします。ご希望の方、あるいは検討をされている方は、下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。
*本プロジェクトで制作した着物を出品する「白からはじめる染しごと展」は6月の開催を予定していましたが、新型コロナウィルス感染予防の観点から11月に延期になりました。その代わり「白からはじめる染しごと展」主催で、開催予定であった6月26日(土)21時から、本プロジェクトの着物に、コーディネート提案を行うインスタのライブ配信を行います。以下をご参照ください。
https://www.instagram.com/shirokara_kai/