【28】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? 染め織り篇⑦
「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第28回 染め織り篇⑦緯糸の準備
お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。
前回「染め織り篇」⑥では、吉田美保子さんの機仕掛け(はたじかけ)をレポートしました。これで経糸(たていと)が整ったので、今回は、緯糸(よこいと)を準備してゆくようすをご紹介します。
■緯糸を染める前に・・・・・・
「緯糸は薄いブルーグレー1色で行く」
デザインの計画段階で、吉田さんはそう決めていました。
2021年2月16日、機仕掛けを済ませた吉田さんは、他の仕事のため、本プロジェクトの制作をいったん休止しました。糸に負担をかけないよう経糸のテンションをゆるめ、再び本作に向かったのは4月に入ってからでした。
その頃、ちょうど4月1日からnoteでの本連載がスタートしました。少し前から連載数回分の下書きを確認して、花井さんの養蚕がどれほど綿密に行われたかを知り、吉田さんは胸打たれる思いがする一方、「いいものを作らなければ」という最終ランナーとしてのプレッシャーを覚えたといいます。
「これで良かったのか。もっと違う方法があったのでは?と自問しました。経糸はもう動かせない、今から工夫できるのは緯糸だけ。緯糸は、経糸の表情を見てから染めるつもりで、まだ染めていませんでした。」(吉田さん)
経糸の残り糸で、試しに緯糸を入れてみました。
いわば作家活動の舞台裏で、本来は公開するものではありませんが、今回は「思い」を追跡していることもあり、特別に撮影し、お話を聞きました。
「もしかして、と思って経糸の一番濃い青、コバルトも入れてみました。経糸と響き合うような、きらきら光るような表情にしたいと思ったのです。その結果、緯に細工はやめよう、初志貫徹しようと思い至り、輝くような透明感のある、薄いブルーグレー一色で行くことにしました。」(吉田さん)
色の足し算と引き算。こうして「緯糸の薄いブルーグレー」は計画段階と染色前、2回のふるいにかけられた、「選ばれし色」となりました。
■緯糸を染める
4月1日、吉田さんは満を持して染色にとりかかりました。酸性染料6色を混ぜて、「輝くような透明感のある」薄いブルーグレーを出します。
染めの作業は、経糸のときと同じく40℃くらいの染液に湿らせた緯糸を入れ、90℃くらいにまで上げて染めていきます。1色あたりに染める糸の量は経糸のときよりずっと多いので、一番大きなタンクを床に設置しての作業になりました。
染色棒3本に綛糸(かせいと)を通し、「カギ手」(第24回参照)を使って染めていきます。
途中、タンクから上げて一部を乾かし、状態を見て、染料を加えました。
下写真は、染着を安定させるために全体を浸けたところ。
染め終わったら、余分な染料を洗い落とします。下は、バシャバシャと緯糸を洗う37秒の動画です。綛(かせ)を乱さぬよう、糸に対してまっすぐ、しっかりと振り落とすのがポイントだとか。
■緯糸の糊付けをする
1月に作っておいたふのりを水で薄め、緯糸を浸して糊を付けます。
糊が付きました。ぎゅっと絞ると糊が落ちすぎるので、絞り加減が大切。
アップで見てみましょう。湧き水の冷たさを感じる、美しい緯糸ですね。
所々に見える黄色の糸は「ひびろ糸」。綛糸をまとめ、綾を保つ働きをします。第24回「経糸を染める」に登場しましたが、ここで寄り道しましょう。
■サイド・ストーリー「ひびろ糸」
吉田さんによれば、この「ひびろ糸」に、心打たれる思いがしたそうです。
「緯糸は小綛に分けず、糸づくりの中島愛さんから受け取った綛のまま染めましたが、『ひびろ糸』の入れ方がキツすぎず、緩すぎず、絶妙だと感心しました。染織を本当に分かっているからできると思いました」(吉田さん)
素人目には、なんとなく束ねている糸という印象ですが、この「ひびろ糸」が切れたら、綾が崩れ、その後の糸を巻き取る作業に支障をきたし、糸が切れたり、からまったり、仕事が進まず大事故になるとか。反対に強く締めすぎると、糸全体に染料が行き渡りにくく、糊付けも均等にできなくなるので、「ひびろ糸」の掛け方には、ほどよい塩梅が求められるそうです。
「これまでに、『ひびろ糸』の材質が弱すぎて切れてしまうとか、逆に強すぎて邪魔になるとか、いろいろ経験してきました。中島さんは、しつけ糸のような弱目の糸を2本合わせて使ってくれてて、ちょうどよかったです。次に使う人のことを考えて作ってくれてるなあって感動しました。座繰りした糸そのものの仕事ではなく、周辺の仕事と言えるものですが、襷(たすき)を受けたものとして、こういうのが嬉しいのです」(吉田さん)
この「ひびろ糸」は中島さんが撚糸(ねんし)後の綛揚げ(かせあげ)のときに掛けたものです。吉田さんのことばに、中島さんも感激しました。
「吉田さんは本当に、ほんの少しの工夫に気が付いてくださる方だなぁと驚かされました。しつけ糸は、手で切ることができて扱いやすく、細いけど程よく強度もあり、柔らかく、絹糸への負担が少ないと思って使っています。2本使いしているのは、何かの拍子に1本切れても、もう1本残っているようにするためです。」と中島さん。
セリシンが落ちて糸が重くなる「精練」に耐え、染織吉田工房での「染色」「糊づけ」を経て、綛糸をはたいて整えるときに役立ち、用が済めばさっと切れてくれる、中島さんの「ひびろ糸」。
中島さんは「ひびろ糸」を「あみそ糸」と呼んでいるそうです。「あみそ糸」を掛けることを「あみそ掛け」というとも。
中島さんは続けます。「もう一つ、輪留め(わどめ)糸があります。綛糸の初めと終わりを結んで、糸の初めと終わりを分かりやすいように、『あみそ糸』と同じ糸で結んでおく糸のことです。インターネットで調べたら、緒留め(くちどめ)と出てきました。」
上の黄色っぽい糸が「輪留め糸」。手前側の結び目のところ、ここに綛糸の始めと終わりの糸が重ねられて一緒に結んでいるため、綛糸の端をすぐ見つけることができます。
「輪留め糸という言葉、初めて知りました。あれも『ひびろ糸』の一種と思っていて、特別な言葉があると知りませんでした。あの最初と最後を結んでおく『輪留め糸』の付け方も、中島さんのやり方、とても使いやすくてありがたかったです。」(吉田さん)
《私たちのシルクロード》の進行を影で支えてくれる「ひびろ糸」。作業する人や地方で使われる言葉は違いますが、工程のなかで消えてゆく「ひびろ糸」の掛け方ひとつで互いの仕事に対する姿勢が見え、敬意を抱き合う中島さんと吉田さんでした。
■緯糸を干す
さあ、本編に戻りましょう。糊付けが終わった綛糸をはたいて整えたら、干して乾かします。外気に接して深呼吸しているかのような糸たちです。
■小管に緯糸を巻き取る
綛の状態になっている緯糸を五光(ごこう)に掛け(下写真の右)、小管巻き機(こくだまきき)を使って、小管に巻き取っていきます。
小管(こくだ)は文字通り小さい管で、中の空洞に杼(ひ)の軸部分を通して用います。杼はシャトルともよばれ、緯糸を入れる道具。
上は杼に小管をセットした参考写真。今回の糸ではありませんが、このようにセットすると小管に巻いた糸が脇から引き出され、織ることが出来ます。
「どのくらい小管を持っていますか?」と聞いたら「たくさん」だって。
小管巻き機は手動。車輪を回すと硬いゴム紐と連動して軸に取り付けた小管が回るので、左手を振りながら五光から繰り出される糸を巻いていきます。
五光に巻かれた綛糸の周囲は1.27メートル。五光にカウンターが付いているので、50回記録したら糸を切り、次の小管にチェンジします。1本の小管に63.5メートル巻かれる計算になります。
10本くらいの小管を巻いたら、織り始めます。全量巻いてもいいのですが、製織は長丁場になるので気分転換を兼ね、吉田さんは織り作業と並行して小管を巻いています。
下は、吉田さんが小管を巻いている30秒ほどの動画です。カラカラという音が、なぜか心を整えてくれるような気がします。
毎週月、水、金曜にアップしている本連載。次回は6月16日(水)、経糸に緯糸を通して織り上げてゆく、織りの工程をレポートします。はたしてどのような織物となるのでしょうか。どうぞお楽しみに。
*本プロジェクトで制作する作品の問い合わせは、以下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。
*本プロジェクトで制作した着物を出品する「白からはじめる染しごと展」は今月開催の予定でしたが、新型コロナウィルス感染予防の観点から11月に延期になりました。その代わり「白からはじめる染しごと展」主催で、開催予定であった6月26日(土)21時から、本プロジェクトの着物に、コーディネート提案を行うインスタのライブ配信を行います。以下をご参照ください。
https://www.instagram.com/shirokara_kai/
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