【20】着物記者歴30年のライターも驚く「究極のきもの」とは? 糸づくり篇⑤
「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクト!
《私たちのシルクロード》
第20回 糸づくり篇⑤「合糸から撚糸へ」
お蚕さんから糸を作り、染めて織って着物に仕上げる――この全工程をレポートする「蚕から糸へ、糸から着物へ」プロジェクトです。
それは「私たちのシルクロード」。
前回「糸づくり篇」④では、中島愛さんが座繰(ざぐ)りした生糸(きいと)を綛揚げ(かせあげ)する工程と、糸の表情をご紹介しました。今回は、30デニール(経糸の場合)ほどの細い生糸が合糸(ごうし)され、甘撚(あまよ)りに撚糸(ねんし)されていくさまをレポートします。
■最初は計算問題から?
2020年11月から12月にかけて、花井雅美さんの繭を座繰りで糸を引き出した中島愛さん。今回の「錦秋鐘和」のお蚕さんが吐いた糸は、3デニールほどの細い細い糸ですが、経糸用に10粒(りゅう)、緯糸用に11粒から座繰りしたので、約30デニールと33デニールの生糸になりました。
1デニールは「9000メートルで1グラム」の細さをいいます。ちょっと想像がつきませんが、30デニールは、女性用のちょっとしっかりめのストッキングや、薄手のタイツに使われている糸の細さになります。着物を織るにはまだまだ細い糸を、これから「合糸」して望みの太さにし、撚りをかけて糸の強度を高め、染織しやすくしてゆきます。それが今回ご紹介する「合糸」と「撚糸」の工程です。
染め織り担当の吉田美保子さんが、11月1日の打ち合わせで中島さんにお願いしたのは「経糸(たていと)240中、緯糸(よこいと)はそれより少し太く」ということでした。
ここでまた、新しい言葉が出てきました。「240中(なか)」。中島さんに聞いてみました。
「座繰り後の経糸は、10粒で約30デニール、30中といいます。蚕が糸を吐く前半、中盤、後半と糸の太さが微妙に違うため、3デニールといっても全てが3デニールではないので、10粒で30中という表記になるようです。」
よし。今、経糸は30中。「では出題です。吉田さんご依頼の240中にするには、何本合糸すると良いでしょうか?」
そうです、8本です。8本を合糸していきますよ。緯糸も8本合わせて264中の合糸にしてゆきます。つまり、経糸1本の断面は80頭ものお蚕さんが吐いた糸で構成してゆく、ということなのですね。すごい!
■「余談ではありますが」コーナー■(連載20回目にして、初めてのコーナーです。最初で最後かもしれないので、どうぞご注目ください)
座繰りの粒数と合糸本数の組み合わせ
中島さんによれば経糸の240中は、以下の組み合わせが可能だとか。
①座繰り4粒、合糸20本
②座繰り8粒、合糸10本
③座繰り10粒、合糸8本(今回の組み合わせ)
④座繰り20粒、合糸4本
「今回は、初めてですし、極端な組み合わせよりも、安定した組み合わせが良いだろうと判断しました。合糸本数が多いと空気を含んだ感じの糸になると思いますが、合糸の最中にズレが生じやすいリスクがあります。また全ての糸に目を配りにくいので節を見逃したり、撚糸機にセットした糸が絡まりやすくなることもあります。今回の組み合わせは、バランスが良く、扱いやすい良い組み合わせだと思います」(中島さん)
■まずは綛糸を小枠に
合糸の作業を始める前に、綛(かせ)の状態で置かれていた生糸を小枠(こわく)に巻いていきます。下の写真が「綛繰り機」(かせくりき)。電動で、スイッチを入れるとモーターが回って、綛糸を掛けた五光(ごこう)といわれる車が回り、下部に取り付けた小枠に糸が巻かれてゆきます。
合糸から撚糸までの一連の作業は、2日ほどかけて1セットとしてひと続きで行います。撚糸機のキャパシティで1回に3本分の合糸を撚ることができるので、1回の作業では24綛の糸を小枠に巻きます。
「合糸する前の糸は本当に細いのですが、しっかり丁寧に座繰りしてあれば、機械にかけても切れることはないです。でも、座繰りがうまくできていないと、すぐ切れます。生きものです。絹糸は。」(中島さん)
小枠に巻いたら、30分ほど水に浸けます。そうすると粘着質のセリシンが少し溶け出すので、合糸するのに、まとまりやすくなるからです。
■手作業で合糸する理由
合糸の作業を撮影できなかったので、後日道具だけコンパクトに配置して写真を撮っていただきました。下の写真です。
糸を巻いた小枠8個を部屋の端に置き、その真上の天井から吊されたガイド8つに1本ずつ糸を通し、何メートルか引っ張って糸を合わせます。このとき、手に水を付けながらまとめるだけで、撚りは掛けず、手作業で「座車」(ざしゃ)にセットした小枠に巻いてゆきます。
糸を何メートルか離して巻き取るのは、8本の糸のテンション(張力)を同じ調子に整えるためと、糸の節を見つけやすくするため。向こうの壁に黒幕を張るのも意味があり、黒を背景にすれば節(ふし)が見つけやすいからですって。見つけたら節を取り「機結び」(はたむすび)してつなげます。
「節」は糸に小さな繭の破片のようなものが付いた状態をいいます。座繰りのときに気を付けますが、合糸の段階でも見つけたら取ります。
下の写真は、座車をアップで撮ったもの。上部に取り付けた小枠に8本合糸が巻かれていきます。2700メートルを巻き取るのに、だいたい40分くらい。これを3回繰り返して、1セット分の合糸となります。
中島さんが合糸の作業で気を付けているのは、とにかく8本の糸がずれないようにすること。後の撚糸作業に不具合が生じてしまうからです。合糸は、たいてい撚糸機と一体になった機械で行うことができる作業ですが、「ぜったいに手でやったほうが安心」と、糸の状態を注視しながら作業を進める中島さんです。
・・・・・・結局80本の糸をまとめるのだから、初めから80本を座繰りしては?と、何も知らない私は、つい楽な方法を見いだそうとしてしまいます。もちろん多数の糸を繭から繰り出す手法や、その用途もあるようですが、でもこうしてひとつひとつの作業や、糸のようすを見極めながら行われているのを知ると、やはりそれぞれに意味があり、上質な糸を作り出す知恵の集積が、この手法に生きているのだ、そう、思いました。
■特注の撚糸機で甘撚りに
さあ、次は撚糸です。撚糸機に掛ける前に、小枠に巻いた合糸を30分ほど水に浸けます。少し溶け出したセリシンのおかげで、撚糸しやすくなります。また、水に浸けることによって糸が重くなり、均等に撚糸することができるようになると思うそうです。撚糸前には、このほか油脂類を使用する方法もありますが、中島さんは水に浸す方法を採用しています。
撚糸機の上部に合糸を巻いた小枠を設置し、糸を通してZ撚り(左撚り)して、下部の管(くだ)に巻いていきます。
撚りの回数は、経糸が1メートルにつき120回、緯糸が1メートルにつき100回です。一般に、「甘撚り」は1メートルにつき約300回以下、「普通撚り」は1メートルにつき約300~1000回、「強撚」は1メートルにつき約1000回以上とされるので、「甘撚り」のなかでも、かなり少ない回数といえます。この回数は、野村町での研修で教わった回数で、生繭の糸だからこそ良さが発揮できる撚糸回数だと思うそうです。
「甘撚りは、毛羽立ちやすく、強度も弱いので精練(せいれん)、染色、整経(せいけい)、機(はた)仕掛け、機織りが難しくなりますが、糸自体の美しさが出ます。糸の個性に合った撚糸も大切で、性質的に弱い糸は少し強めに撚糸する工夫が必要ですが、今回の糸は、性質がとても強いので、ある程度撚糸を減らしても、強度は保てると考えました。」(中島さん)
経糸の撚りが20回分多いのは、織ったときの布の質感が変わらない範囲で、少しでも糸に強度を与えたいからとのこと。経糸のほうが、整経したり、機に掛けたり、織るときも摩擦が多いことを配慮したうえでの回数です。
撚糸は、糸を機械にきちんとセットして、撚糸回数をダイヤル調整すれば機械がやってくれるので、中島さんが気を付けることは、糸が切れないよう見守ること。撚糸は、座繰り、綛揚げ、合糸がうまくできていれば不具合は起こりにくいので、前段階が大事なのだそうです。なんかね、生活習慣の極意を教えていただいているような気がするのは何故?
■保管は綛糸の状態で
1回の撚糸がすんだら綛揚げして、1300メートル強ずつに分け、綛の状態で保管します。撚糸後すぐに綛揚げするのは座繰り時と同じで、糸同士がセリシンでくっついてしまうからです。そうなると毛羽立ちや傷み、糸切れの原因になるので、糸づくりの最中に、大枠や小枠、管で保管することはなく、かならず綛にします。
こうして各工程を追うと、中島さん個人でよくこれだけの機械を揃えていらっしゃるなあと思い至ります。
私の性格によるところが大きいです。昔から凝り性で、突き詰めなければいられません。自分で全部やって、実際に状態を確認しながら進めていきたいと思ったからです。最終的に糸になったとき、その糸がどうしてそうなったのか、どの工程で、どういう効果があってそうなったのか。全工程がつながっているから変化が見られて、面白いのだと思います。(中島さん)
■撚糸の工程終了!
12月28日、年末が押し迫って来た頃、すべての糸の撚糸が完了しました。
上は、経糸6綛分です。もう少し寄ってみましょう。
女神のように麗しい糸です。
下は、緯糸です。少ーし撚りがかかっているのが分かります。
ここまで来れば、糸づくりは「精練」を残すのみ。
「まだ一番緊張する精練が残っているので気を抜けません」と中島さん。それはどういうことなのでしょうか?
毎週月、水、金曜にアップしている本連載。次回は5月28日(金)です。糸づくりのクライマックスで、体力的にも過酷という「精練」をレポートします。どうぞお楽しみに!
*本プロジェクトで制作する作品の問い合わせは、以下の「染織吉田」サイト内「お問い合わせとご相談」からお願いします。