アメリカ会計基準の歴史⑫
1979年9月の財務会計基準ステートメント(SFAS)第33号「財務報告と物価変動」(FASB 1979b)の公表により、一般物価変動修正情報と個別物価変動修正情報の両者が、一定の大企業によって報告されることになりました。今回は、その後の経緯について解説します。
(3)時価情報の強制開示から任意開示への移行
1966年のAAAのASOBATでは、多元的評価が単独評価より有用であることは自明であるとし、多元的評価の勧告によって時価情報の有用性の問題を次のように回避しています。
「本委員会の提唱したのは、時価による情報が利用目的に適合する唯一の変数だということではなくて、時価による情報も利用目的に適合する多くの変数の1つである、ということにすぎない。われわれは多元的価値会計を提唱しているのであるから、われわれは時価が利用目的に適合した唯一の測定であるということを証明する必要はない。」(飯野訳1969, 51頁)
しかし、意思決定有用性を標榜する以上、実際に有用か否かを検証する必要が生じるのは当然の帰結です。ASOBATは、インフレ会計の制度化に「思想的基盤」を与えると同時に、その有用性を実証研究によって判定するという途も開きました。そして、まさに、実証研究の結果として、インフレ会計の制度化の実験が終結することになりました。
FASBによるインフレ会計の制度化以前に、物価変動修正情報の効果を対象とした、少なくとも23件の実証研究が蓄積されていました。そこでは、時価情報の意思決定有用性について、否定的な結果を示すものが15件もあったのに対し、肯定的な結果を示したのは3件にすぎませんでした(Waldron et al.1989, pp.224-225)。
もちろん、それらの実証研究は、FASBによる時価情報開示の制度化によるデ-タを使ったわけではありませんでした。財務会計基準ステートメント(SFAS)第33号公表後も、FASBに時価情報の有用性に関する証拠を提供すべく、実証研究が蓄積されていきました。SFAS第33号公表後の6年間に、少なくとも27件の実証研究が行われました。その内、約半数が、物価変動修正情報が有用でないという結果を報告しました(Waldron et al.1989, p.225)。
また、12件の実証研究は、カレント・コスト情報と一般購買力情報の有用性の比較を行いました。結果は決定的ではないものの、カレント・コスト情報の優位が示されました(Waldron et al.1989, p.225)。これに応えるべく、SFAS第33号の公表から数えて5年後の1984年11月に、財務会計基準ステートメント(SFAS)第82号「財務報告と物価変動:特定の開示の除去」(FASB 1984a)が公表されました。これによって、カレント・コスト情報を開示する企業は、一般購買力情報の開示を要求されなくなりました。
1984年12月には、公開草案「財務報告と物価変動:カレント・コスト情報」(FASB 1984b)が公表されました。当公開草案は、それまでに公表された財務報告と物価変動に関する全基準書を整理統合し、物価変動情報開示の最終段階を意図するものでしたが、一般の反応が好ましくなかったため、財務会計基準ステートメントには至りませんでした。一般からのコメントには、開示される物価変動情報が機関投資家によって利用されていないというものもありました。また、物価変動情報が理解不可能であることを強調するコメントや、物価修正デ-タがコスト効果的でないというコメントが寄せられました(Waldron et al.1989, p.227)。
すなわち、物価変動修正情報は、概念ステ-トメント第2号で示された「有用性」、「理解可能性」そして「コスト・ベネフィット」という特性に欠けるという評価が下されることとなりました。その後、より効果的で有用な物価変動修正情報の開示を目指す新しいプロジェクトが開始されたりもしましたが、1980年に13.48%だったインフレ率が、1982年には6.15%に、1986年には1.90%に下がっていく中で、1986年9月に、物価変動修正情報の開示の要件を取り除くことを提案した公開草案(FASB 1986a)が公表されました。そして、同年12月に財務会計基準ステートメント(SFAS)第89号「財務報告と物価変動」(FASB 1986b)となりました。SFAS第89号の公表によって、物価変動修正情報の開示は任意となりました。
【文献】
Financial Accounting Standards Board 1984a, SFAS No.82." Financial Reporting and Changing Prices: Elimination of Certain Disclosures".
――――1984b, Exposure Draft-Financial Reporting and Changing Prices : Current Cost Information.
――――1986a, Exposure Draft-Financial Reporting and Changing Prices.
――――1986b, SFAS No.89." Financial Reporting and Changing Prices ".