どうしたらうまく書けるようになるのか
どうも、KAIKAです。今日は、職場の友人に『どうしたら文章をうまく書けるようになるのか』という事を聞かれたので、その返答をブログを通して表明します。
正確に言えば『いつから文章が上手になったのか』という質問だったと思います。
まず始めに、私はそこまで文章が上手ではありません。きっと、日記を書いたり文章で表現するのが苦手な方からしたら、こうやってほぼ毎日ブログをアップできる人は、特別な才能があるのだと勘違いするでしょう。
ただ、それは自分ができないからそう思うだけなのです。
私より文章がうまい人間なんてもっと居ます。
私はプログラミングが出来ないので(1年間IT系企業に務めていたが、簡単なコーディング作業も出来ませんでした)少し出来るだけで凄いと思うのと一緒です。
どんな下手くそなギター演奏でも、私からしたら凄いです。私はギターが弾けないのですから。
要は、それは習慣として行っているか否か、それだけの違いなのです。
だから、友人も毎日ブログを更新し、3年もすれば文章なんて自然と上達するはずです。
ただ、このような反論があるかもしれません。
『毎日書くようなネタが無い』と。
確かに、日々の暮らしの中で特別なことなんて常に起きるものでもありません。日常とは、残酷なほどに退屈なものです。
仕事をしていれば尚更そうでしょう。いや、仕事とは効率化を進めれば退屈になるものなのです。常日頃から異常なことが起きてしまえば、業務に支障が出ますから。
大概の仕事は、決められた作業があり、それを実行する。それは専門的な仕事であっても例外はないでしょう。弁護士が、次の日に医者の仕事をするなんてありえない訳ですから。
同じように、ブログも日々の業務のようにルーティーンにするしか無いのです。
ただ、それだとネタがないのに何を書けば良いのかという答えになっていません。ルーティーンにするための決め手とは何なのか。
思うに、ネタがないという人は自分の身の回りで起きたことしかネタにしてはいけないと考えている節があります。自分の経験のみがブログを書くに値するネタだと信じて疑わない人なのでしょう。
確かに、自分の経験談を毎日書けるならそれはそれで素晴らしいものです。情報としても唯一無二であり価値もあるでしょう。
しかし、経験にも限界があるということを知ったほうが良いです。
自分が実際に経験できることは、有限です。ネタ探しは、書物と世界から引っ張り出せば良いのです。
世界という情報、書物という情報なら、恐らくネタ切れになる心配もありません。いや、輪廻転生を100回繰り返しても書ききれないほどでしょう。
"世界はネタの宝庫である”
これが、私の情報発信で大切にしている考えであります。
例えば、自分の身の回りで起きたことではなく、アゼルバイジャンで起こったことを書けば良いのではないでしょうか?
アゼルバイジャンは極端な例かもしれませんが、そうやって世界の出来事を自分の経験のように思えば、いくらでも書くことは増えて来るでしょう。
地図を見て、アゼルバイジャンの首都はどこなのか??と調べたり、この写真にある高層ビルは何なのかといった疑問を持てば、ネタがないなどという発想は浮かんでこないでしょう。
ちなみにあの建物はBaku にある Flame Tower と呼ばれる複合施設です。
資源で潤っているアゼルバイジャンの近代化の象徴と言える建物でしょう。
世界をネタにするのが横の広がりならば、過去を知るのは"縦の深さ"でしょう。
今日(9/17)の日付を過去に遡れば、起きたことをネタにすることも可能です。過去も自分自身の経験のように語ればよいのです。
Wikipediaで9/17で調べたら、1945年に瑞穂村開拓団集団自決という満洲国でおきた悲劇的な事件を知りました。
大戦末期の集団自決は、ひめゆり学徒隊のように国内のみならず外地でも起こっていたということが判明しました。
以上が、わたしの『どのようにしたらうまく書けるのか』という疑問に対する回答です。
"世界を知り、過去を知る。そして未来を思う"
もっと興味の幅を広げましょう。そうすれば、あなたのブログも楽しく興味深い内容になるはずです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。