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不機嫌なキリン〜僕の同居人#6〜

奴との同居生活が始まってから数週間が経った。 
同居したては、
奴の異常行動に僕の細胞が過剰に反応し、
何度も発作を起こしていた。

そんなアレルギー反応に苛まれる毎日を過ごしてきたわけだが、

不思議なことに体が奴の生命活動に適応して
きた。


ようやく仕事が終わり、
途中コンビニに寄ってお気に入りの炭酸水を数本とタバコを購入。


「奴の分も」


と、いつもより多めに買う。 


自宅マンションに辿り着けば、

鍵のかかっていない玄関を開け、
雑に脱ぎ捨てられた靴を一瞥した後、
電気のついた部屋の先に目を向けると、
僕のベッドでくつろぎながらテレビを見ている奴がいる。

そんな光景が毎日、
僕の帰宅を出迎える。


積水ハウスのCMのような
帰りたくなる家を象徴する帰宅シーンとは程遠いが、
誰かがいる安堵ってのも悪くなかったりするのだ。




てのは一瞬で終わる。   

奴の部屋(#3に詳細)の前を通ってリビングに向かうのだが、
相変わらずタバコの灰とゴミが目立つ。
何が腹立つかと言えば、
それをゴミだと奴が認定していないことだ。

最近の就寝前は特に酷い。
ウトウトした状態でタバコに火をつけ、
それを指に挟んだまま寝落ちすることが多々ある。
長くなった灰が床に落ちる。
当然だ。
奴を布団で寝かせてから
僕は雑巾で床を何度拭いたことか。
 


話を戻そう。
 

帰宅して直ぐ、
黙ってゴミ掃除。
 

リビングに行けば、
床に落ちている服とソファに置かれた帽子を片付ける。

奴は帽子を被る種族だ。

これが非常に厄介で、
何度片付けても(遠くに放り投げるだけ)
気付いたらソファの上に移動している。
もはや帽子が意思を持ち、
僕の目を盗んでソファに腰掛けているようにしか思えない。



まあいい。


まず帰宅して奴と、

「今日歩く?」

というテーマから会話が始まる。

雨が降っていなければ歩く。
降っていれば歩かない。

という当初の決まりも曖昧になりつつある。

それに気分という要素が重要事項になっていったのだ。
仕方もない。
僕らはデブですから。 


気分という第二項が引っかかり
散歩は中止になってしまう。


そんなある日、


「髪を切ってくれ」

と、唐突に奴からお願いされた。



勿論、オーケーだ。


僕はニヤニヤが止まらない。


ゴミ袋を二重にして
切り込みを入れて奴の頭を通す。
僕はそこら辺にあった文房具のハサミを取り出す。

奴が、

「明日、商談だからね!」

もうニヤニヤが止まらない。


まずは髪を濡らす、

ものがなかったので
どうしようかと思っていたら、
奴がファブリーズを取り出し、


「これで一石二鳥」



何が一石二鳥なのかは謎だが、
ファブリーズをたんまり使ってビショビショにした。

僕は前髪を躊躇なく切り出した。
勿論、僕は美容師でもなんでもない。

前髪はパッツンに、
もみ上げを殺し、
襟足を伸ばす、

ことしか考えていない。

「ハサミは横で切らないで立てに切って!」

と、頼んでおきながら僕の切り方に文句をつけるので、
大体は横でザクザク切ってやった。

シザーハンズだ。

「変にしないでよ!」

と、フリのような発言をするもんだから

当然ニヤニヤが止まらない。

僕のハサミに迷いがない。

それが逆に奴の不安を煽るようだ。

「大丈夫だよね?」  

と、聞くので

「大丈夫だって!」

と、僕は言う。

このラリーを何度もしながら、
躊躇なくザクザクと切っていく。


不本意ながら意外と上手くカットできてしまった。

「もういい!」  


と、とうとう我慢できなくなって
奴が逃げたので
結局完璧なカットのまま終了した。

本当に僕のカットの完成度は高い。


一方、奴は未だに信用していない。

まあ、面白ヘアーにしようと目論んでたのは事実だが。

ただ今回は奴も満足してくれるだろう。


鏡を恐る恐る覗き込み自分の姿を見る。 

「なんだかなぁ〜」

奴は不満げだ。
 

文句を言われながらも、
しっかりカットした髪にいつまでもクレームをつける。

その日、奴はずっと不機嫌そうに髪をいじっていた。


普通の人間なら怒ってるはずだ。


僕は奴にイライラはするが、
基本的に怒ったり怒鳴ったりしない。

よく考えたら喧嘩もしたことがない。

こんなに奴に不満を抱いていても。


何故なんだろうか?

最近、僕は奴と同居生活をしてそれを考えるようになった。


ふとキリンの話を思い出した。


キリンの首が長いのは、
高い所にある枝の葉を食べるためで、
だから長いこと絶滅しないで済んだ。
適応能力のおかげだという説をずっと信じ込んでいたが、

実はそうではないらしい。


突然変異によって首の長い生命体が生まれ、
枝の葉を食べることができたから
たまたま生き延びれた。


つまり、


厳しい環境に適応していったのではなく、
突然変異を起こし、
たまたま環境に適応できて、
たまたま生き延びれた、
たまたまの賜物なのだと。 

早口言葉みたいなったが、
そうゆうことらしい。


奴と僕の関係で言えば、


奴に対する適応能力を僕が身につけたのではなく、
たまたま僕に奴と共存できる能力が生まれつきあっただけなのかもしれない
だから、今まで僕と奴の関係は破綻しなかったのだ。

冒頭で書いたような
アレルギー反応の克服も、
僕の適応能力の開花も、
勘違いだったのだろう。


僕が唯一、
生まれつき奴と共存できる能力を持ったキリンなのだ。

しばしば不機嫌にはなるが。

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