「そうきたか」を壊さず形にする。アートによる意思表出支援とは
外部講師シリーズ第3弾となる今回は、アート!
なんとなくアート×知的障がいの分野は相性がいいイメージがありますが、いざ教える側の話を聞くと「なんと難しいことをされているんだろう」と思うこと多々。だけどこれは知的障がいのある方に限らず、万人に、特に子どもに必要な時間かもしれないと感じました。
というわけで、講師を担う芸術家・知念由里さんと、理事長・隆生さんの対談を通して、そもそも「芸術家ってどうやってなるの?」というところからお聞きしました。
<取材執筆:三好優実>
息子の不登校がきっかけで「芸術家」に
ーまずは由里さんのことから教えてください。芸術家ってどんなお仕事なんでしょうか。
由里さん:実は私にも分からないんです(笑)。芸術家と名乗りはじめたのは約1年前で。
ー最近!それまでは何を?
由里さん:製造業をしていました。
ー製造業から芸術家。なにかきっかけがあったのでしょうか。
由里さん:息子が不登校になったことですね。当時の息子の様子を見て、嫌だなって思ったんです。攻撃的になったり、思ってもないことを言ってる姿が息子らしくなくて。だけど、私もそうじゃんって思ったんですよ。本当は製造業が合っていないのに、自分を抑え込んで無理してた。そう気づいたら、抑え込んでる自分に嫌気がさしたんです。
ーなるほど。そこから芸術家に?芸術家ってどうやってなるんですか?
由里さん:まずは「もうやめた!」って全部放り出しました。そこから4年くらいフラフラして、突然、作品を作りはじめたんです。で、どうせフラフラしてるんだし「芸術家」って名乗ってみようと(笑)。
ーなるほど、先に名乗ってしまう!
由里さん:そう(笑)。そしたら隆生さんから連絡をもらったんです。「由里さんって芸術家なの?!」って。
ーもともとお知り合いだったんですね!
隆生さん:由里さんとはもともと、僕が主催していたコミュニケーション講座で知り合ったんです。職業を知らなかったから、何かのプロフィールに「芸術家」って書いてるのを見て、そうなの?!って(笑)。聞くと「芸術を生業にしていこうと思ってます」って言うから、じゃあうちでアートの講師をしてよってお願いしたんです。
ーそれでアート講師を。
隆生さん:そしたら「私にはできません」って言うの(笑)。
ーたしかに名乗りはじめてすぐに講師は、ハードル高いですよね。
由里さん:そうなんですよ。だけど「できません」と言いながら、芸術家としての私はわくわくしてて。結局、わくわくしてる自分が勝手に「やります」って返事しちゃいました(笑)。
ーおもしろいですね。わくわくが不安に勝った。
由里さん:今でも両方の自分がいます。い続けてます。だから「できない」って気持ちは今もずっとありますね。
狙いは、アートを介した「意思形成・表出支援」
ーどんなことをやるんですか?
由里さん:最初は分かりやすく「季節の創作」をやっていたんです。「みんなでひとつの作品を完成させましょう」。だけど本当は私、そういうの苦手で。「自由に作りましょう」が好きなんですよ。だけど自由って言われてもみんな困っちゃうから、仕方なく季節の創作をやっていたんですけど、途中で「やっぱり違う」と思ってやめました。今は自由な創作を模索しています。
ー自由な創作。
由里さん:画材をたくさん準備して、ひとりひとりに声をかけながら模索するフリーダムスタイルですね。クーピーを渡して「これ使ってみますか?」って声をかけたり、写真集を置いて「これを書いてみましょうか」って提案してみたり。やらない人も興味を持たない人もいるけど、機会をつくり続けることを大事にしています。
ーなるほど。これまでのレッスンとは少し雰囲気が違いますね。コミュニケーション重視というか、ある意味めちゃくちゃ難易度の高いことをされている。
隆生さん:それが僕のオーダーだったんです。「とにかく機会を作って欲しい」「色んなものを提供して欲しい」っていう。
ー色んなものを提供。
隆生さん:利用者さんたちは皆、自分が「何がしたい」か分からないんです。クレヨンも水彩絵の具も使ったことがないから、違いが分からないから選びようがない。だからまずは、たくさん提供して、経験させて欲しいとオーダーしました。これは福祉で言うところの「意思決定支援」にも繋がるんです。
ー意思決定支援?
隆生さん:言葉通り、自分の意思で何かを決めるための支援です。自分の意思で何かを決めるにはまず、意思形成から支援する必要があるんだけど、意思形成を促すには「経験」しかない。色んな経験をすることではじめて「これは好き、嫌い」「これは楽しい、楽しくない」が分かるようになって、そこでやっと「私はこれがしたい」が生まれるんです。彼らは「経験」を積む機会が圧倒的に少ないので、だからまずは色んな機会を作り続けて欲しかった。
由里さん:たしかに、以前は「どの色がいいですか?」って聞いても無反応だった方が、最近は「これ!」って示してくれるようになりました。
隆生さん:そう。それがまさに支援だわけ。意思形成から意志表出までできるようになってる。で、これ、続ける中で陥りがちなパターンがあるんです。それは「創作とはこういうものだ」に当てはめてしまうこと。季節の創作なんかまさにだよね。「みんなでシールを貼って、大きなひな祭りの絵を作りましょう」ってやれば、それっぽい成果物はできるし、それも経験のひとつなんだけど、そればっかりだと「成果物を作るための作業」になっちゃう。アートってそうじゃないさ。
隆生さん:言葉を選ばず言うと、これは「コントロール」。だけど由里さんはコントロールしない方を選んだ。これって、すごくパワーがいることなんです。だから由里さんも何度か「もうできません」って言いに来てたよね。
由里さん:これでいいのか分からなかったんです。寂しかったりもした。提案したことに対して全然反応がないとか、やってはみたものの、利用者さんにとって楽しいと思えるような活動ではなかったなって反省も多くて。はたから見たら「何やってるんだろ」ってことも多くて、現場のスタッフさんにやりづらいと思われてないか、不安もありました。
隆生さん:僕がやりたいのは、意思形成・表出支援に繋がるアートだから、それが正解なんだよって話をしました。「楽しくない」「できない」も立派な経験だから。この前アート活動を見に行くと、ある人はクレヨンでひたすら色を塗ってるだけだったりするんだけど、好きな色とか、その日の色を選んでやってた。だから「あ、いいな」って。
由里さん:最近は画材を選ぶ人もいますよ。
隆生さん:最初はまったくなかったでしょ?それこそが、この活動で意思が形成された証なんです。1年でできたのは凄いと思う。
隆生さん:これを内部の人間でやろうとすると、難しいんだよね。内部の人間がやると、 心が折れてしまう。由里さんも何回も折れてるんだけど(笑)。だけど内部の人間が折れると「創作活動って皆できないよね」になっちゃう。
ーなるほど。たしかに別のことをやろうってなっちゃいますね。
隆生さん:そう。僕も現場にいたから、難しいことは分かってる(笑)。
由里さん:それを無茶ぶりしたってことか(笑)!
ー(笑)最後に、活動で大切にしてることがあればお聞きしたいです。
由里さん:そうですね、「そうきたか」をいかに壊さないまま形にするかを大事にしています。向こうが独創的なものを提示してきた時こそ「腕を見せてみろ」って挑戦状だと受け止める。
ーすごい!講師でありながら、プレイヤーの脳みそを使って創作している。
由里さん:どんな表現も、否定する必要はないと思うんです。そこに誰かの評価とか比較が入るから「これはダメ」「受け入れられません」ってなっちゃうけど、ただ表現する時間って捉えれば、一見想定外なものもその人の表現です。いかに許容するかが大事。こっち側が試されてるなって思います。
ー何も出てこない方にはどうされるんですか?
由里さん:ひたすら関わってますかね。隣に座って一緒に見つめ合ったり、髪の毛引っ張られてみたりして、さっぱり分からん...と思いながら、一緒にい続けるようにしてます。
隆生さん:支援者だとそれができないからね。この人そろそろトイレの時間だなとか考えちゃうから観察できない。だからやっぱり、由里さんが心が折れながらもやってくれてるってことが、やっぱりすごくいいんだよね。
ー素敵です。ありがとうございました!
ちなみに取材時点で、由里さんの肩書きは「芸術家」でしたが、対談中にふと隆生さんが「表現家」がいいんじゃない?と提案。「あ、なるほど」と由里さん。
そして取材から数日後、由里さんのInstagramをフォローしようと検索すると、プロフィールに「表現家」と書かれていました。(さすがの行動力!)
最後に、利用者さんの作品をいくつか掲載して終わります。