[裏01]超能力ってどうなんでしょうか?
この記事は 【裏】裏から読んでも心理学 の1本目の記事です。
現代日本の働き盛り30代40代男性に共通するキーワード。それはガンダム。幼少期に『機動戦士ガンダム』を見て育った我々には、ちょっとしたタイミングの違いでバブル世代とロスジェネに分断された恨みつらみなんて綺麗サッパリ忘れ去ることのできる共通原語があるのです。「赤い三倍」とか「足なんて飾りですよ」とか「親父にだって殴られたこと無いのに」とか「それでも男ですか!」とか諸々あるわけですが、なんといっても「ニュータイプ」。これに尽きるでしょう。時間空間を超越して人と人とが分かり合う。言葉も無しに分かり合う。宇宙の真空を超えて気持ちが伝わる。人の革新。哀燦々と。「ニュータイプって、エスパーみたいなものですか?」。はい。そうです。素人さんにはエスパーにしか思えません。でも実際、どうなんでしょうね、超能力。オールドタイプたる現代人にも超能力はあるんでしょうか?
気になったら調べてみる。これが科学の基本。「心の科学」を喧伝する心理学だって同じです。そう、超能力は心理学の仕事。物理学でも化学でも生物学でもなく、心理学。だって「心で思う」ことが伝わったり、モノを動かしたりするって話ですからね。心理学です。間違いない。
てことでコーネル大学は心理学部のダリル・ベム教授が取り掛かったのが予知能力。タイムマシーンをいきなり作るのは難しいし、それだと物理学とか工学の話になってしまうので、心理学者は粛々と心理学実験をしましょう。さあ学生さん寄ってらっしゃい見てらっしゃい。今からパソコンにカーテンが二つ出てくるよ。どっちかの後ろに絵が出てくるんだけど、どっちか当てたらほら、中にはセクシーな絵もあるお楽しみ。おっと、そういうのが嫌いって坊ちゃん嬢ちゃんは今のうちに言っておいてね。さぁはったはった!
結果ですが、53.1%当たったそうで。どうでしょう、この数字。まぐれ当たりで50%だからそれよりかは良い。でもねぇ。たった3.1%。そう思ったらほら、あれですよ。泣く子も黙るt検定。猫も杓子も順序も比率も質的尺度にだってt検定の、t検定。やってみましたら有意。p=.01で有意。堂々としたもんです。3.1%だけど統計的に意味のある正答率アップ。それもセクシーな絵の時だけだったというおまけ付き。なんなんでしょう、これ。
ベム先生、立派な大学の立派な経歴をお持ちの心理学者です。そして掲載されたのはJournal of Personality and Social Psychology。頭文字を取ってJPSPと呼ばれる天下のトップジャーナル。だからもちろん大騒動。だって予知能力があるってことは、未来が現在を変えるってことです。「こっちやろ」とクリックしてから、どっちに絵を出すことにするか機械が決めていたんです。クリックした瞬間には決まってない。でも、機械がやることを予知できた。3.1%だけど、まぐれじゃないってt検定も言ってる。ベムだって、JPSPだって言っている。ロケットに乗った人が長生きしたり、ネコが生きたり死んだりする理論物理学だって否定しなかった因果律を、心理学がほいっと否定してしまったのです。
本当だったら大問題。世界がひっくり返る大ニュース。ノーベル賞とかそんなレベルの話ではありません。あんまり突拍子もない話なので、放っておいたら心理学全体が世間様から「あやしい連中」って白眼視されかねない(すでにそう?)。ならばと敢然と立ち上がったる3人の心理学者。ベムの結果が再現されるかやってみよう! さあやってみよう、みんなも一緒にやってみよう! 結果、再現されず。ベム先生の論文には9つの実験があって、その中でも実験9、未来の勉強が現在の記憶を高めるという、未来の俺がんばれ、もっとがんばれ、みたいな実験を3人が別々にやってみたのですが、3人ともが失敗しました。うんまぁそらそうだわな。そこで3人、意気揚々と件のJPSPに論文を載せてくれないかと送ったのですが、答えはNo。研究者が最も忌み嫌う単語「掲載拒否」だったのです。それも理由が「うちは誰かがやった研究の追試は載せないから」。
さぁこれで収まらないのが3人。だってベム先生本人が「ぜひ皆さんにも再現できるか追試して欲しい。なんならプログラムだって送るよほれほれ」(意訳)と論文の中で書いているんですよね。それを「追試は載せない」というルールに従って、内容を吟味することもなく門前払いされたんですから。そりゃまぁ、”普通の”心理学研究だったら、それも分からないでもない。「あの人のやったあれ、やっぱりアレだってよ」なんて話よりも、目の玉の飛び出るような新しいビックリな発見を載せたほうが雑誌の読者も喜ぶ。僕だってそうです。でもコトは因果律。扱っているネタが巨大です。それなのに「追試は載せない編集方針」と、どっかのお役人じゃないんだからァの借字定規な回答。怒った三人はブログでこのネタをぶちまけ、それでまた一騒動が起きました。最終的にはPublic Library of Science(PLOS)という組織?のPLOS Oneという雑誌に掲載されました。Publicという名前から推測できるように、この雑誌はオープン・アクセス。ネットさえあれば、世界中、何処の誰でも無料で読むことができます。けっこう皆さんご存じないかも知れませんが、論文が載っている専門誌って高いんですよ。あんまり高いんで、全ての大学に全ての雑誌が揃っているなんてことはない。教科書に載ってたあの研究を読みたいって思っても、自分とこの大学図書館にはおいてない、なんてことも多々。そういう中で、無料(通信費は別です)の雑誌というのが出てきていて、ここら辺の話はまたどこかで書きましょうか。
それで結局、超能力どうなんでしょう?どうなんでしょうね。超能力のことを考えると、昔に父親に言われた「当たり前のことが当たり前であることのほうが、よっぽど面白いし不思議だ」って言葉を思い出します。そら予知能力があったら面白いかもしんないけど、その前に、リンゴが木から落ちることだって十分に面白い。だってあれ、リンゴと地球が引っ張り合ってるんですよ。糸でつながっているわけでもないのに引っ張り合う。万有引力。そんな不思議が世の中に沢山あるのに、超能力をめぐって右往左往してしまう人間の心が、それこそとっても面白い。そんなメタな視点を持ちたいものですね。
注1. t検定は順序尺度や質的尺度には使えません。為念。
注2. 正本は「心理学ワールド」61号(2013年4月)に掲載されています。(PDF)
注3. その後、JPSPにもBem論文の追試が掲載されました。それも最初に撥ねたRitchie et al. (2012)と同じ年に(Galak et al., 2012)。
References
Bem, D. (2011). Feeling the future: Experimental evidence for anomalous retroactive influences on cognition and affect. Journal of Personality and Social Psychology, 100, 407-425. doi: 10.1037/a0021524
Ritchie, S. J., Wiseman, R., & French, C. C. (2012). Failing the future: Three unsuccessful attempts to replicate Bem’s ‘Retroactive facilitation of recall’ effect. PloS one, 7, e33423. doi: 10.1371/journal.pone.0033423
Galak, J., LeBoeuf, R. A., Nelson, L. D., & Simmons, J. P. (2012). Correcting the past: Failures to replicate psi. Journal of Personality and Social Psychology, 103, 933-948. doi: 10.1037/a0029709
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?