連続事例検討会:第5回「クレーマー」
介護のオンラインコミュニティSPACE内で行われる「おとぎ塾」は、地域と職種を超えた連続事例検討会。支援困難な事例を、介護に関心ある様々な専門職や他業種が熱く緩やかに語り尽くす“サードプレイス”の一企画である。
頻出だが、対応に苦慮する
5回目の事例は“クレーマー”である。
ゲームに例えると、キャラへの攻略法が用意されているが、背後の別キャラがステータス異常を来たす介入を行ってくるという、いわば“中盤のつまづきポイント”。
挑みごたえがあるが、実際に遭遇するとかなり骨が折れる。
どんな事例か?
事例の詳細はこうだ。
・認知症の90代女性、長女と二人暮らし。通所とショートステイを利用。朗らかな方。
・長女からクレームが頻出。献立に細かく介入したり、宿泊利用時には昼寝をさせないでほしいなど、枚挙にいとまがない。
・専門機関の立場から説明しようとすると「上の人を出して」と長女の態度が硬化。善処する旨伝えると、クレームのターゲットが次に移る。
・長女と本人の関係は悪くないが、長女は“宝物でも扱うような丁寧な介護”を続けている。
複雑な事例をニューカマーが斬る!
対処すべき相手が実はこっちじゃなかった!感が、これまで遭遇した事例とは異なっている。
今回の検討会には、2名のニューカマーが参加を果たした。
一人は現在 重度訪問介護の仕事に就き、以前は 介護付き有料老人ホームの施設長をされていた方で、塾長・こじまさんが「数ある師匠のうちの一人」と謳う方。
もう一人は、ヘルスケアの経営コンサルタントという肩書をもつ方で、福祉とは異なる視点で事例にアプローチされる。
開口一番“Due Diligence (企業や投資先の価値やリスクを調査すること)”という初めての概念を聞いた私は、テンション爆上がりであった。
「いったい何が始まるんです?」
クレーマーをどう捉えるか?
果たして 福祉畑のクレーマーは、他業種のそれとは一線を画するものなのか?
そして、ここで扱う案件はクレームなのか、そもそもクレームではないのか?
さらに、クレームの線引きに意味はあるのか?
参加メンバーの実体験とともに、それぞれの思いを自身の言葉で紡いでいく。
こんなクレームを受けたことがある!
例えば施設介護においては、
「絶対に転倒させないで」
「味付けが悪いから、給食会社を変えて」
とのクレームを受けたことがあるという。
また、リハビリ職は、
「痰ばかりとってないで、リハビリをしてあげて」と、“命よりもリハ優先”と思しき発言がでた、と語った。
訪問介護では、
「スリッパの脱ぎ方が良くない」
「オムツのあて方、順番、枚数が違う」
と、受け手としては“微に入り細を穿つ”要求を受けたとのこと。
さらに、セクハラがあった際に、家族より「あなたたちプロでしょ?」と言われたこともあるという。
かなり神経を使うな、と記録者は感じた。
通所介護においては、
「運動をいっぱいさせられたから腰痛になった。訴えてやる」といった事もあったという。
医師にいたっては、
「前の先生は、この薬を出してくれたのに、なぜ今は出してくれないのか?」という事がままあるということであった。
解決の糸口を探る
参加者から、どのようにしたら良い方向へ導けるのか? 様々な案が出た。まとめると以下のようになる。
・記録を残すことと対話を繰り返すことの重要性を理解し、実践にうつす。
・対応できる事とできない事をあらかじめハッキリさせておく。
・最初に時間をかけて十分に説明する。
・詳細な情報収集と細やかな進捗報告を行う。
・電話が先方からかかってくる前にこちらから連絡する。
個人がもつ心構え
上記の解決法を継続していくための、一人ひとりの心構えとしては以下のようなものがあげられるだろう。
・上に立たない、下に入らない「常にフラットな関係性」を作るよう意識する。
・一人で対応しない。チームケアを心がける。
・利用者と同時に従業員も守るという考えを共有しておく。
・問題と距離を置けなくなったとき、SOSを発信できるようになっておく。
・家族を“ねぎらう”気持ちを持つ。
・“万能薬はない”という覚悟を決める。
などである。
心構えのない実践は、心の無い優しさと同じ。敗北に似ているのだ。
記録者の思い
メンバー間の意見・感想を聞き、自分なりの考えができあがっていく。
・クレームと単なる要望の違いは何か?関係性の非対称性が生まれるときに、クレームと呼べるのではないか?
・クレーマーを単なる“厄介な人”と捉えるだけでは、新たな社会的な孤立を作り出しはしないか?福祉の者はそれを良しとしないのではないか?
・張り詰めた糸が切れたとき、ケアを担ってきた家族は、どのような変化を来たすのか?そして、そんな彼らをどう支えるべきなのか?
・すぐに解決できると焦ってはならず、解決へのスパンと工程を意識する必要があるのではないだろうか。
著者の視点
著者である岩間先生の視点が開示された。印象に残った点は以下のとおりである。
・クレームとは自己完結型の「閉じられた介護」といえる。それは自分をアピールするための手段になっている。
・悪循環からの脱却するために専門的援助を行う必要がある。
・クレームを入れずともアイデンティティが守られることを約束することが大切。
終わりに
今回、焦点を当てているのは、“クレーム”ではなく、“クレーマー”である。つまり、問題そのものではなく、人との関係に焦点を当てていることになる。
我々福祉の者は、“関係の引きこもり”を打破していくのだ。
事例のタイトルを“クレーム”ではなく、“クレーマー”としたのは、類型化されたものを十把一からげに見るのではなく、一人ひとりを見よ、という示唆ではないだろうか。
今ここに生きる認知症の方。そして、一つの考えに生き甲斐を見出し、周囲も他の選択肢も見えづらくなったクレーマー。
どちらにも共通する特徴がある。それは凝縮された“点”を生きているということだ。
認知症の方は、過去を忘れ未来の見通しが立たぬゆえ、今ここに居場所を求める。
クレーマーは、己の存在価値を死守するため、アイデンティティの維持に注力する。
両者とも、生きる座標が非常に狭くなっているがゆえに、逃げ場がなくなっているのではなかろうか。
支援する者は、彼らが苦しんでいる凝点の座標を明らかにし、空間を拡張することが求められるように考えるのである。
ケアは、点に点をぶつけるという心の動きをしないと、信じる。
もっと包みこむような触れ方をするのだと、信じてやまない。
スケジュール
介護のオンラインコミュニティ「SPACE」について
「SPACE」は、“介護”に関心を持った仲間が集うオンラインコミュニティです。組織や地域を越え、前を向く活力が得られる仲間とのつながりや、 自分の視点をアップデートできる新たな情報や学びの機会を通じて、 一人ひとりの一歩を応援できるコミュニティを目指しています。入会できるタイミングは、毎月1日と15日の2回です。詳しくは以下をご覧ください。
書いた人
もっちぁん
現場で働きつづける介護福祉士。特別養護老人ホーム勤務(グループリーダー)、他に介護支援専門員と社会福祉士を名乗れる。