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閉まっていた施設の鍵が開いた!無理なく理想を実現していく、新時代のリーダー像とは

"福祉施設の施錠解放"と聞いて、どんなイメージを持ちますか?

介護職であれば、「玄関の施錠は身体拘束だ」と感じる方も多いかもしれません。直接利用者の身体を制限すること以外に、施設の鍵を閉め、出られなくすることも身体拘束と言われており、もちろん基本的には認められません。

しかし、現実には、100%施錠が解放できていない施設もあるようです。全国抑制廃止研究会が平成27年に実施した調査によると、認知症グループホームでは12.7%の事業所で何らかの身体拘束が行われているといいます(同調査では、特養では27.6%、老健では34.2%とのこと)。現場では日々、利用者の安全とくらしを守るため懸命に働いているケアワーカーも、やむを得ず玄関の施錠を含めた身体拘束を、行わざるを得ない状況があるのではないでしょうか。

Yさんが働くグループホームも、かつてはそのような状況でした。

1つの書き込みが座談会に

ここ数ヶ月、グループホームでは玄関施錠せず全開放。理想と現実の間でなかなか実現は難しかったですが、やっと実現されました。

※SPACEのコミュニケーションツールslackでの投稿の樣子

※KAIGO LEADERS オンラインコミュニティ「SPACE」
介護に関心を持つ仲間が集うコミュニティ。(現役の介護・福祉職以外にも、多様な業種の方が参加しています

コミュニティ内では日々、さまざまな現場・立場の方がいろんな情報交換をしています。この書き込み後も、すぐに複数のメンバーから、「もっと詳しく話を聞いてみたい!」という投稿があり、1週間も経たないうちにオンライン上での座談会企画が立ち上がり、その日程が決まりました。

座談会当日の参加者は、特別養護老人ホームの施設長、有料老人ホームの施設長を経験し現在はフリーランス介護職として活躍する方、介護関係の執筆も多い編集者・ライターや、絶賛家族介護中である介護職など…。

はじめにYさんから施錠解放を実現した方法の事例提供があり、参加者それぞれの感想や経験などを語りながら深め、なんと3時間を超える座談会となりました。

Yさんのグループホームがある町内では、時折「高齢者が行方不明になった」と放送が流れるそう。もし、入居者がそうなった時は、事業者が安全配慮義務違反に問われる可能性があります。また、出入り自由になると、セキュリティ上の不安がないとは言えません。生活の場である介護施設では、セキュリティなどの安全性を高めようとすることが、ともすれば利用者の自由な行動や人の本来のくらしを制限することになってしまう場合もあり、「実は、両立はとても難しいことなのでは」と感じました。

参加者からは、病院での施錠についての考え方や実際の現場の様子の情報提供があったり、それぞれの現場での経験をシェアしたり、利用者家族として面会した際、入居者にはできない形で施設の施錠に遭遇したことなどを話される方も。

座談会の樣子

ある参加者の施設では、利用者さんが敷地外に出てしまったけれど、出た先で地域の方から事業所に「○○さんが来ているよ」と連絡が寄せられ、送り届けてもらったことがあったそうです。場所によっては"地域で見守る"という方法もあることを学びました。

参加者は、介護に関心を持ち、さまざまな関わり方で介護を実践しているので、施錠を解放し、福祉施設を地域に開放する新しいアイディアや、SPACEメンバーから学ぶ勉強会の企画も飛び出すなど、さまざまな立場の人が参加しているからこそ、話題は尽きることなく広がり、話が続いていきました。座談会後にYさんの話をもっと詳しく聞きたいと思い、インタビューを実施しました。

対話を重ね「地域に開く施設」を目指すリーダーシップ

経営者の私が率先してやったことは1つもありません” Yさんはそう話しました。Yさんが運営している認知症グループホームは事業所数は2つで3棟、4ユニットであり、以前はその半分以上が施錠され、外に出たいという利用者に理由をつけてその場を何とかやり過ごすようなスタッフの対応も見られ、Yさんは入職直後から違和感と罪悪感があったといいます。

また、事業所で掲げている基本理念に”自由な生活”を謳っているのに現場はそうなっていない、というジレンマも感じ、職員へ伝えたところ、管理者や他のスタッフも同様に、理念を実現できていないとジレンマを感じておられ、その想いを共有したところから、実現を目指しての動きがはじまりました。

しかし取り組みといっても、特別な会議を開くのではなく、日常の業務で個別のケアについてスタッフと話す中で、施錠を解放することについても皆で何度も話し合ったといいます。当初、スタッフにより温度差があったそうですが、話し合いを重ねるうちに「鍵が開けられるかもしれない」とみんなが同じように思えるようになっていったとのことでした。

開放にいたる、6つのステップ

Yさんは、施錠開放にいたる道のりは、とても地道なものと言います。そのステップは以下の通りです。

1.利用者のアセスメントをしっかり行うこと。その方の身体的な能力はもちろん、性格やこれまでの習慣なども大切な情報だといいます。

2.無理のないスタッフ数を確認して、何人以上がいられれば鍵をかけなくても危険でないかを決めました。

3.情報共有を迅速に行える仕組みづくりをし、申し送りや対応方法の共有がスムーズになりました。

4.利用者の協力を得るために、1人で行くと危ないと理解してくれて、外へ出る前に声をかけてくれる関係性を構築できるように働きかけました。

5.個別ケアの追求によって、ホームにいる普段の生活に満足されている環境を目指しました。

6.家族の理解を得るために、日頃の様子とともに外出についてお伝えすることもあります。

施錠解放のための取り組みですが、“解放できない条件"を丁寧にルール作りしていったというお話に、少し驚きました。そして、「果たしてすべての利用者が、常時オープンであることを望んでいるのか?」「出たい時には外に出られることが重要なのではないか?」という問いには、ハッとさせられました。

今回の施錠解放は、カリスマリーダーがあらわれ現場をガラッと改革したわけではありません。Yさんは、自身が感じた違和感を、事業所の管理者や共に働く仲間と共有し、対話を重ねながら実現可能な方法を作り上げ、安心安全な環境と自由でその人らしい暮らしの両立という理想に繋がる一歩をひとつずつ着実に積み重ねていったのです。

施錠解放、その先に目指すこと

「施錠解放してみてどうですか?」という質問にYさんは、「施設に鍵をかけ続けていることは、思考停止に近いかもしれません」と話します。鍵をかけるという解決方法は、そこで暮らしている利用者の行動をきちんと観察して背景を考えたり、その暮らしに思いを馳せることがなくなり、ただ作業をこなすだけの仕事になってしまっている可能性を指摘します。

「利用者がしたいことができ、ストレスをためない状態が良いよね」ということを事業所内で共有し、その人にあった個別的なケアをすることで施設での暮らしを楽しんでもらうことを目指しました。スタッフ皆がその「良いよね」という理想を実現したいという同じ気持ちでケアにあたるようになったことで、結果として常時の施錠が必要なくなった面もありました。

施錠を解放することによる変化についてはこう答えます。常に、利用者それぞれの体力や歩く速さ、認知症の状態、1人で外出したら危ないかもしれないという状況や性格などを把握したうえで所在確認をする必要があり大変です。でも、外に出たいのに出られない方の気を紛らわせようとするより、一緒に屋外を歩いた方が落ち着くこともあると思います。

知識や技術を活用し、利用者のしたいことを安易に遮らず、それぞれの方にとって自然で自由な生活を守る。それは"生活支援のプロ”である介護職の姿だと感じました。

今後考えている取り組みについてお聞きすると、「介護にはさまざまな可能性を感じています」とYさんは答えました。お話ししていると、施錠の解放はもちろん素晴らしい成果ですが、これは決してゴールではなく、日々より良い介護を目指されている中での通過点のように感じました。

今回のインタビューに対し、「ドラマチックな展開がないんです」とYさん。パワフルだったり、メンバーをぐいぐい引っ張っていくのではなく、自らの考えを相手に押し付けるのでもなく、対話を重ねながらスタッフ・利用者皆で心地よい場の実現を一歩ずつ、着実に目指していく。その様子は、「トップダウンは好きじゃない」というYさんらしいリーダーシップの表し方で、これからの介護業界を前向きに進めていくあり方の1つだと感じました。これから介護業界を牽引していく新しいリーダー像とは、例えばこんな方かもしれないと思ったインタビューでした。

■編集後記■
Yさんはとても静かな語り口でありながら、内に秘めた介護に対する熱い思いをお持ちの方でした。私の住まいからは少し遠いところにある事業所さんですが、いつかぜひお邪魔してみたいなと思いました。今回が、KAIGO LEADERSの運営メンバーになって初めてのインタビュー、そして記事の執筆でしたが、貴重な経験となりました!そして、オンラインコミュニティ「SPACE」には、Yさんを含めおもしろい方が全国にたくさんいることを改めて感じました。(にっぺ)

オンラインコミュニティ「SPACE」について

「SPACE」は、“介護”に関心を持った仲間が集うオンラインコミュニティです。組織や地域を越え、前を向く活力が得られる仲間とのつながりや、 自分の視点をアップデートできる新たな情報や学びの機会を通じて、 一人ひとりの一歩を応援できるコミュニティを目指しています。入会できるタイミングは、毎月1日と15日の2回です。詳しくは以下をご覧ください。


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