
#11 実家の断捨離で心が軽くなる
介護のあるある?母の住む家に入りたくない気分
毎週一泊二日の実家サポート(あえて介護とは呼ばない)について、ペースがつかめてきたように思えていても、毎回実家の鍵を開けて中に入るときには緊張してしまう。部屋のやや滞った空気が苦手というか、少しだけ恐怖を感じてしまうからだ。
「お母さん元気だった?」と声をかけるものの、母にやさしい眼差しを届ける数秒を惜しみ、私は家中の窓を開けて換気をしてしまうのだ。この癖は本当によくないと思いつつも、空間のエネルギーの質には幼少期から敏感で、わかっていてもやめられないのだ。
母は幸いきれい好きな方だが、認知症と体の衰えに伴い、体温調節や聴覚や嗅覚の反応が鈍くなっていた。そのため、部屋の空気の滞りには気づきにくい。だから毎回実家に入るときには少しの勇気が必要になるのだ。とはいえ、毎週空間を浄化して帰ることが、次の自分の来訪をラクにしているので、一週間に一度というサイクルは理にかなっていると言えなくもない。
それにしても、毎週のサポートが苦にならないようにしたい。そのためにできることは、部屋を美しくすること、自分と相性のよい空間にすることだと考えた。一番よさそうなのは思い切ってリフォームすることなのだが、認知症の人にとって大きく住み慣れた環境を変えることはマイナスになるケースもある。案の定、母に提案するもそれはしなくていい、このままでいいと言う。想定内の回答だ。
そこで私は、自分で壁紙を貼り替えてみることを思いついた。リビングの壁紙は昔父が愛煙家だったことを思い出す痕跡が残っていて、父のことが大好きだった母が父の他界後もしばらくはそのままが良いと言っていたのだが、その頃には「お父さんのたばこ、お母さん嫌だったのよ。汚れちゃって嫌ね」などと言うようになっていた(笑)。それならばと、リビングの壁紙を貼り替えてみることにした。
壁紙のサンプルを取り寄せ、YouTube で予習をし、いざ実装。やりはじめると中断することはできない。無言で何時間も集中し、なんということでしょう、リビングの二面の壁は華やかなピンクとシャンパンゴールドの柄入りの壁に変身した。この結構攻めた壁紙の選定により、私が母の住まいに毎週通うモチベーションは向上! その後部屋に訪れる福祉関係者にも「かわいい」と評判になった。

家のプチDIYはよい息抜きと思いがけない効果をもたらしてくれた
私は壁紙を新しくするこの行為を、マーキング行動だと自分で分析している。犬が自分の匂いをつけて縄張りを示すあのマーキングだ。縄張りを表明したいわけではないのだが、自分が安心できるエネルギーを残しておくことで毎週実家のドアを開けて入る小さな恐怖感を減らすことはできていたと思う。空間の変化はとても大きいから、壁紙が無理であればカーテンやラグなど、面積の大きい部分のインテリアを好みのものに新調することもできるだろう。同じような状況にある人は、こっそりとマーキングを試みてみるのはどうだろうか。
実はもう一つ、実家に毎週通うために決意をして行なったことがある。
それは断捨離だ。
かつて四人家族で住んでいたその家は母だけの住居になっていたが、他界して久しい父の所有物と、家中のクローゼットに増殖した母の衣類、多すぎる食器、押し入れや天袋に仕舞い込まれた昔々の何かがひっそりと活躍の場がないまま放置されたままになっていた。その伏魔殿に対峙するならば今のほうがいいのではないかと思った。プレッシャーになる要因は減らして自分が楽になりたいというのが一番であったが、母の頭が動いているうちに、判断を仰ぎながら進めていきたいと思ったのだ。
私は以前、遺品整理の現場を見学したことがある。
亡くなられたお父様の遺品をお一人では片付けられなくて、息子さんと相談して遺品整理の会社さんに連絡したのだそうだが、遺品整理を始めたのはお父様の死後なんと三ヶ月後。それまでは気持ちが落ちこんで何も手につかなかったとおっしゃっていた。家族の死を前にして、物を片付ける気力など湧いてこないのは当然だ。生前整理であってもそうではないかと思う。だから早め早めが良いと思うのだ。
天袋にあるものは出番のない古い品物ばかりだったので迷わず手放し、父の本も少しを残してブックオフへ。生活がしやすいように整頓をして終了。断捨離というほどの大鉈は振れていないが、どこに何があるのかを把握できたことで、心の負担を軽くすることができた。これももう一つのマーキング行動かもしれない。
