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楽しさという感覚が導く場所(3/3)

「楽しさという感覚が導く場所(2/3)」からの続き
この回では、デザイナーとしてのコンプレックスの克服、今のデザインに対する思いを伺いました。

まだ知らない世界へ誘う、潤滑油としてのデザイン

──ところで、宮下さんって挫折ってあった?
 
高校生のときに出会った、チャッピーで有名なGROOVISIONSのデザインは、今でも好きなんだけど、自分のデザインにうまく落とし込めないというのがずっとあって。キメキメにできないというか、スタイリッシュなデザインに緩さや、外しのポイントを加えないと恥ずかしくなっちゃう。だから、グルビみたいな端正なデザインができないのがコンプレックスで、デザイン事務所に入るぐらいまで持ち続けてた。
 
──それは、どうやって乗り越えたの?
 
1つの答えは、2003年に見た「ディック・ブルーナ展」。ディック・ブルーナって、当時の日本ではミッフィーを描く絵本作家という紹介だったんだけど、この展示では装丁の仕事など、ディック・ブルーナのデザインにも焦点を当てたものだったんです。
 
彼もモダンデザインに憧れがあるけれど、自身でデザインするときはそのまま使うのではなく、どこか崩すというか、ユーモアを足すようなことをしていて、こういうデザインの活かし方もあるんだというのがとても発見でした。だから今、自分のデザインにどこか緩さを入れているのは、確実にディック・ブルーナの影響。

宮下さんにとってさまざまな気づきとなった「ディック・ブルーナ展」の図録。

──グルビのチャッピーがどこか無機質な感じと比べると、宮下さんのデザインは人肌感があるというか。
 
あのスタイリッシュ感が上手にできないんです(笑)。ディック・ブルーナやサビニャックを知ったのは大きかったですね。救われたというと大げさだけど、自分の中でデザインの方向性が見えたのは確かです。

──挫折感を抜け出すヒントは自分の中ではなく、外にあった訳だ。
 
自分の中にはなかったですね。僕は基本的にファン気質で、アーティスト気質ではない。自分から何かを表現したいというのは全くなくて、それはデザインも同じ。本を読んだり、映画を見たりするのは好きだから、インプットしたものを誰かに伝えるのは好きだけど、自分の作品集を作ったり、展示用に作品を作るというのはまるで興味がなくて(笑)。「もし、何か作れるとしたら」と聞かれたら、カルチャー系の雑誌を作りたいというのはあるかなあ。
 
──宮下さんが考える、デザインの役割って?
 
基本的に僕らがしているデザインは、何かを作ったり、販売する人とエンドユーザーをつなげるための手段でしかないと思っています。その人たちがスムーズにつながるような手段であれば、方法はなんでもいいというか。僕のアプローチで言えば、多少の面白さとか、仕掛けみたいなものが大事で、グラフィックで豪華に見せるのは違う。デザインが潤滑油のようなものになればいいと思っています。
 
──デザイン思考など、今は広義のデザインが注目され、さまざまな役割を期待されていますよね。
 
「アートは問題提起で、デザインは課題解決」みたいなことが言われているけれど、確かにその側面はあるけれど、あまりにも便利に使われていないかと思う部分もあります。デザインは課題解決だけなのかというと、やっぱり違う気がしていて、まずは人の心を動かさないと、課題も解決できないですし。だから僕は、人の心をちょっとだけ動かしたいと思ってデザインの仕事をしている。
 
デザインがない世界はすべてのものが使いにくくなっているから、なくならないとは思うけど、基本的にグラフィックデザイナーって、嗜好品とまでは言わないけれど、余裕があるところにある職業だからこそ、もっと面白いを中心にすえてもいい気はしています。

2024年4月から愛知大学で教えるようになり、人文的な視点でデザインを考えることに改めて面白さを感じていると話す宮下さん。ルイ・ヴィトンのメンズ・アーティスティック・ディレクターであり、41歳で急逝したヴァージル・アブローの『ダイアローグ』は読むたびに発見があるという。

──「デザイナーは医者だ」という人もいて、問診をして、適切な治療をする役割だと言う人もいますね。
 
それが間違っているとは1ミリも思わないけれど、そこだけを、みんな真に受けすぎているんじゃないのかなと。「デザインは医者だ」と聞くと、みんな大手術をする外科医みたいに大きく捉え過ぎちゃうけど、僕らは人の人生を大きく変えるようなことは多分していなくて、ちょっと横道に誘ったり、迂回してみるのも楽しいよねって、話を聞いたり、話題を拡げたりする存在なんだと思っています。
 
──サブカルやインディーズも同じように、知らなくても困らないけれど、そっちの世界を知ると価値観が広がるというか、人生が楽しくなると言うか。
 
人生を大きく変えるんじゃなくて、ちょっとだけ道を外れても面白いよねと。横道に入って面白ければ、はまればいいし、そんな大げさなことでもなく、少しずつ変わっていくのでもいい気がするなと思っていて。意味にとらわれ過ぎず、みんな、もっとデザインを楽しんだらいいと思います。

機能や体験に価値を求める時代をへて、今は、意味の時代と言われています。宮下さんと話しをしていて思ったのは、意味って本当に大事なんだろうかということ。手触りのある素材、言語化しにくいけど優しい気持ちになるデザインなど、「なんか楽しい」「気になる」といった感覚を大切にするからこそ、たどり着ける場所があるはずです。少しお利口になりすぎたデザインが失い欠けた、楽しいという感覚を大事にすること。それがサイフォングラフィカのデザインが愛される理由なのかも知れません。

SIPHON GRAPHICA (サイフォングラフィカ)
https://www.siphon-graphica.net/


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