鬱々としている時に部屋を漁ったら過去の自分に救われた
部屋を漁っていたら昔描いた漫画を発見した。
段ボールの中に、計600ページ分ほどある原稿と、ネームノート5冊、学生の頃に描いた漫画ノート3冊。確かに自分で描いたものなのだが、ここ何年も目に触れてなかったので、これだけ描いてきたことをすっかり忘れていた。
ここしばらく、自分の能力の低さに鬱々としていたのだが、これらを見て妙に自信が湧いてきた。
まがいなりにも、やってきたのだなと。
漫画家を目指して11年になるが、未だに芽が出ていないことにつけるに、ぼくが大した人間ではないことはお察しいただけよう。この11年、死に物狂いで描いてきたわけでもなく、ダラダラと夢を追い続けてしまった。
そんなふうに自分を卑下するのは、ぼくが自己肯定感の低い人間であるからだ。
小さい頃から何をやっても周りの人間より劣っていたことから、いつからか自分を「できない人」と思い込む癖がついた。実際に他人よりできないので、やる気が出ない日も多かった。故の、“11年描いて芽が出ていない現状”の結果である。
できないからやらない。やらない自分がだらしない。そんな自分は存在する価値がない。
なんて思いながら過ごした時期もあったものだが、こうして描いてきた量を目の当たりにすると、それなりにやってきたなと思う。11年かけてこの物量が比較的多いか少ないかの客観的判断は置いておいて、できない自分を基準に判断すると、それなりにやってきたと断言できる。一つ、大きな自信になった。
なんとなく鬱々としている時になんとなく部屋を漁ってみると、案外氣持ちが晴れるものだ。これまでやってきた自分を自信に、この先3年は歩めそうである。