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親子だって究極は他人なんだよ

おはようございます。こんにちは。こんばんは。
今回もアクセスいただきありがとうございます。

今日のタイトルですが、
結構苦しんでいる人いるのではないかと感じています。

自分のアイデンティティを形成する中でも
大きい影響があるであろう親について自分の経験を踏まえて書いてみます。

↓自分の親との関係については
自己紹介の中でもいきさつを書いています。
私は典型的な長男坊でした。

ここで書きたいのは、
愛情あふれる家族、暖かい家庭、
親子の信頼を否定するようなことでは断じてありません。

私自身もたくさんの愛情を注いでもらって育ったと思っていますし、
両親には心の底から感謝しています。

ここで考えておきたいのは、
こどもは親のできなかったことを代わりに叶えてくれる存在ではないですし、過度な期待(若しくは反対の行動)に苦しむこどももいるということ。

こどもだってそれぞれ独立した一人の人間であり、
アイデンティティをもっているということを忘れてはならないと思います。


子は親を見て育つし、影響を受けまくる

「親ガチャ」なんて言葉もありますが、
親は子を選べないし、子は親を選べない。

人間関係の中でも血が繋がった親子関係は特別なものがありますね。

(潜在意識や思考の話からすれば親も子もそれぞれ選んできているという話すらあります。あと、当然血の繋がりがある関係だけが親子、家族でないことも重々把握したうえで書き進めます。)

乳飲み子の時、
よちよち歩きの時、
言葉を覚え始めた時、
どんな瞬間にも親が携わっています。

さらに成長して、
幼稚園小学校と進んでいけば
在り方・立ち振る舞いも親が影響してくる。

中高生になれば進学進路の話も出てくるので、
親の意向ももちろん入ってくる。

自分の将来の夢だって、
無邪気な小さい頃の夢のままではなく、
親の希望に答えるために自分の進路を決める人もいる。

成人して、自分で生きていくタイミングまでは
やっぱり親の影響は大きいものがあります。

成人してからすらも多少はある。

「あなたが心配」は「呪い」である


私は思考や潜在意識の話をことあるごとにしていますが、
最後に選択しているのは自分自身です。

こどもも最後は自分で決断しています。

親の意向に従うこどもは、
「親の意向に従う」という選択を。

親の意向に反対して自分のやりたいことをやるこどもは、
「自分の意向に従う」という選択を。

どちらが間違っていて、どちらが正解ということはなくて、
「自分で決断する」ということに価値があります。

でもどちらかというと日本は特に、
前者が多いのではないのでしょうか。

自分の意志を貫き通すには
育ってきた環境の影響を受けすぎているパターンが多いように感じます。

「あんたの好きなようにやりなさい」という親よりも、
「あなたのためなの。あなたが心配なの」
という親の方が多いのではないでしょうか。

でも、その「心配」は、ある意味「呪い」です。

大半のこどもは「心配」を過剰に解釈して、
それに従ってしまうような選択に迫られます。

期待はあくまで親側のエゴであって、
こども自身は自分の人生は自分でケツを拭くしかないです。

自分で考え、自分で決断する練習を子供の頃から
行う方が成長・判断・成熟も早いと感じています。

子は親を信じて頼って、親は子を信じて託して


親とこどももそれぞれ独立した一人の人間同士です。

特別な絆があるし、
いわゆる赤の他人とは違いますが、
突き詰めれば他人同士。

自分自身の人生に責任を持って主体的に生きていく。
お互いを尊重する。
お互いを好きになる選択をしていくことが大切だと思います。

だから、
こどもは親を信じて頼ってください。
人生の先輩としてアドバイスをもらって最後は自分自身で決めましょう。

親はこどもを信じて託してください。
自分の判断や決断を尊重してください。
あまりにも危ない方向に行きそうなときは諭してあげてください。

お互いがハッピーな関係でいられますように。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回もまたお会いしましょう。
ではでは。


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