1000の時。【ショートショート】
「なんですかソレ?」
先輩から発せられた聞きなれない単語に思わず聞き返す。
「1000の時を知っているか?」
先輩は大真面目な顔をして私に繰り返した。私の訝しげな表情で知らない事を察すると、一呼吸置いた後に説明を始めた。
「09月30日から10月01日に変わる瞬間に日記帳を開くと、到達できると言われている時だ」
毎年1度、その瞬間にしかチャンスがない。先輩は重苦しい表情のまま私に続ける。
ええと。
「その千の時、というのがあったとして」
「そこに到達すると何が起こるんです?」
「真理を得ると言われている」
先輩は私の質問に被せるように答えを言ってきた。もっと間を大切にしなさいよ。会話ってそうじゃないでしょ!
「そして、無くしたものを数え始める。とも」
あぁほら!自分が喋りた過ぎて畳み掛けるような感じになっちゃってる!
私は興奮気味の先輩を落ち着かせようとお茶を一口飲むように促した。真理って。職場の休憩時間に話す話題か?
まぁ面白そうではある。
乗ってみよう。
「じゃあ例えば、12月31日から01月01日に変わる瞬間に日記帳を開いた場合は、100の時に到達できるって事ですか?」
年が変わるのとは別に。
「そうだ。だが、100の時と1000の時ではまるで別の意味になる」
文字通り桁が違う。
ポツリとこぼすように先輩は続けた。
ここにきて私はある疑問を抱いた。
「まるで、知っているかのような口振りですね…」
先輩はもしかして。
「そうだ。私は真理を得た」
ハッとカレンダーを確認する。
今日は奇しくも10月1日。
いつの間にか私の胸にザワザワした気持ちと溢れ出る好奇心が同居している。
「聞きたいか…?」
先輩は私の心を読むように問う。
聞くべきだろうか?…いや、聞きたい。
じっと見てくる先輩の瞳を、私も真っ向から見つめ返して答えを口にした。
「はい」
「ーーーーーー。」
先輩はその真理を口にした後、席を立ちどこかへ行った。ポツリと聞いてくれてありがとう、と口にされたような気もするが、当の私はそれを受け止めるどころではなかった。
ガタガタと身は震えだし、必死になって自身の手帳に記された日付を確認する。
そんなバカな事があるか!私は目を血走らせながら確認した。だが何度確認してもその真理だけは絶対に覆らなかった。
何度確認しても、今年の残りが100日を切っている。
どこへ行ったのだ!?残りの日付は!?あんなにあったハズではないか!いつの間にこんなに無くした!!
先輩が私に話をした理由が、今ならわかる。
これは誰かに吐き出さないと、とても耐えられそうにない。
その時だった。
外に昼食を取りに行っていた後輩が、私の真向かいの席に帰って来た。
今度は私が喋りた過ぎて畳み掛ける感じになる番だな、と確信しつつその言葉を口にした。
許せ後輩。
「…ねぇ、1000の時って知ってる?」
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