千年の色。【ショートショート】

ある時、世界中の色をすべて混ぜた果てが見たいと願った人がいた。

みんな馬鹿だと罵った。

けれどもその人諦めず、ツボに絵の具をぶちまけた。

混ぜて混ぜて混ぜ続けたら、果たしてどんな色になるのかな。

まわりの人はそれはもう笑った。

だけど本人は笑わなかった。

その人があまりにも馬鹿だったので、その人の事は町中に知れ渡った。

そしたら、もう１人馬鹿な人がいた。

馬鹿な人は馬鹿な人を手伝いに行った。

どうしようもなく馬鹿な2人はそのまま色を混ぜ続けた。

まわりの人は大笑い。

けれども2人は大真面目。

◎

それから何年も経ったけど、2人は相変わらず色を混ぜ続けた。

その2人があまりにも馬鹿だったので、その2人の事は国中に知れ渡った。

そしたら、あと2人馬鹿な人がいた。

馬鹿な2人は馬鹿な2人を手伝いに行った。

救いようのない馬鹿な人達は4人になって、

ずっと色を混ぜ続けた。

まわりの人はそれはもう呆れた。

だけど4人は楽しそうだった。

◎

それから何十年も経ったけど、4人は相変わらず色を混ぜ続けた。

その4人があまりにも馬鹿だったので、その4人の事は世界中に知れ渡った。

そしたら、あと3人馬鹿な人がいた。

馬鹿な3人は馬鹿な4人を手伝いに行って、馬鹿な人達は7人になった。

その中の4人はもう年老いていたけれど、

世界一の馬鹿達はそれでも色を混ぜ続けた。

まわりの人はもう7人を笑わなかった。

かわりに、7人が楽しそうに笑った。

◎

それからさらに何百年もの時が経って、最初の馬鹿な7人はもういなくなってしまったけれど、色を混ぜ続ける作業は続いていた。

世界中に馬鹿な人達が溢れていた。

数えきれない馬鹿な人達が、最初の7人が見たかった色を見てみたいと思った。

◎

いつ頃からか、馬鹿な人達は、色を混ぜる作業場のある場所で暮らし始めた。

ひとつの街が出来ていた。

混ぜ続けて、ちょうど千年が経った朝の事だった。

前の晩に、馬鹿な人達は不思議な夢を見た。

1人残らず、不思議な夢を見た。

始まりの7人から今までの、千年間の旅の夢だった。

千年間で１番混ぜられた色が何かを知る旅の夢だった。

それは、透明な色をしていた。

最初の馬鹿な人が人知れず流した、悔し涙の色だった。

手伝いに来てくれた人が現れた時に流した、嬉し涙の色だった。

始まりの4人が途方も無い時間作業中に流した、汗の色だった。

年老いた4人が、1人、また1人と亡くなる中で、確かに託された3人が流しながら作業を続けた、汗と涙の色だった。

何百年もの間、数えきれない馬鹿な人達が積み重ね続けた、汗と涙の色だった。

不思議な夢を見た馬鹿な人達は、目覚めた時に自分が涙を流している事に気付いた。

いてもたってもいられなくなって、1人残らず作業現場へ駆け出した。

かつて小さな壺から始まった作業用の器は、今や湖の様な広さと深さになっており、馬鹿な人達がぐるりとフチを取り囲むように全員集まってもまぁなんとか皆で見れた。

高い場所から低い場所まで、見下ろすように陣取りながら、馬鹿な人達はその色をじっと見つめていた。

誰かが「綺麗だ」と言った。

それが始まりとなって、みんな口々に色の感想を言い始めた。

「美しい」「なんて素敵なんだ」「でもちょっとな…」「完璧には程遠い」「でもやっぱり綺麗だよ」「そうかなぁ」「優しい色をしてるよ」「ぼくには激しい色に見えるなぁ」「少し哀しい色に感じる」「これこそが嘆きの塊さ」「いいや、希望の色だね」「人類の結晶さ」「これを人類と主語を大きくするのはいかがなものか」「果ての色だ」「ここが果てかい？」

あーだこーだ。なんやかんや。わいわいガヤガヤ。

色々な感想があった。見た人によって違うから。色々な感想があった。

誰かが「長かった」とポツリと言った。

また別の誰かが「ここまで来たね」と言った。

みんなそれには納得した。

「ここまではたどり着いたね」と言い合って、また静かにじっと色を見る時間があった。

それは、何百年間も繰り返された問答だった。

ずっとずっと続けられて来た問答だった。

日差しに照らされたその色を見ていると、やっぱり涙が込み上げて来た。

数えきれない馬鹿な人達がみんな揃って涙を流すものだから、それは雨のようにその色に降り注いだ。

そして、虹が出来た。

まわりに集まったすべての人が、

その虹を見て、

みんなで笑った。