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田中潤
2020年6月17日 21:23
鼻をくすぐる香りに思わずくしゃみをした。毎年嗅ぐことになるが、好き嫌いの別れる香りだと思う。わたしにとってはむず痒いものだ。「だめだった?」 チャッカマンを片手に彼女が言った。「蚊取り線香」 もうそんな季節なんだね、と苦笑する。夏はあっという間にわたしたちを包み込んで、たっぷり焦らし過ぎ去っていく。春と秋はもっと主張したらいいのに、全くなにをやっているのだろう。一瞬で消えてしまうから、ま
2020年6月10日 21:19
久しぶりに夢をみた。 最近は日々の疲れからか気絶するように眠っていたから、夢をみるなんて随分珍しいことに思える。記憶の彼方へ放り出されてしまう前に、今のうちに書き留めておかないと。 ねぇ、行かないでよ。 そこは一面の星空が広がる丘だった。きっと君とみた星空だ。あの日は確か、一時間も眺めていたんだっけ。 夢なのにふたりとも無言で、ただただ星空をみつめていた。隣にいるという感覚だけがかろう
2020年6月3日 21:05
坂を登ってくる彼女の姿が見えた。まただ。もう来なくていいって言ったのに。「ねぇ、この前も言ったけどさ、」「そーらーをこーえてーらららほーしーのかーなたー……」「……それなんだっけ」「ゆくぞーアトムー……。んふふーふーんふーふふー……」「あぁ」 彼女はいつみても機嫌がいい。いつもニコニコしていて、なんで僕のところに来るのか不思議なくらいだ。 毎日のように来ては一方的に喋って帰ってい