大豆がタンパク質の吸収を阻害するって本当?
豆腐の研究でメインになってくる大豆のタンパク質は大豆の「貯蔵タンパク質」(3回前のブログで解説した7Sや11Sといったグロブリン)だが、大豆には、貯蔵タンパク質以外のタンパク質が存在する。
それが「非貯蔵タンパク質」と呼ばれる。
非貯蔵タンパク質の中には、加工次第で生体に直接影響を与える物質も存在するが、色々と誤解のある記事も出回っているので、エビデンスをもとに解説したい。
タイトルは、よく世間で誤解されている「大豆がタンパク質の消化吸収を阻害する」という件について書いている。
トリプシンインヒビターについて
僕たちがタンパク質を摂取すると、タンパク質は体内で分泌されるタンパク質分解酵素によってより細かい物質に分解され、最終的にアミノ酸として体に吸収される。タンパク質の分解プロセスの中で非常に重要な役割を果たしている酵素の一つが、「トリプシン」と呼ばれる物質で、体内にやってきたタンパク質を加水分解する。
トリプシンがなんの物質も邪魔されずに作用できれば、タンパク質はより細かい単位(ポリペプチド、アミノ酸)に分解される。
簡単に言えば、体にとって吸収しやすい形状に分解するわけである。
ただ、このトリプシンの作用を阻害する物質「トリプシンインヒビター」が存在し、この物質が活性化したまま体内に存在すると、トリプシンに結合してタンパク質を分解する能力を奪ってしまう。
トリプシンインヒビターを失活させるには?
皮肉なことに、、大豆は「畑の肉」と呼ばれているほどタンパク質が多く含まれているにもかかわらず、その吸収を阻害するトリプシンインヒビターが非貯蔵タンパク質内に含まれている。
ただ、このトリプシンインヒビター、実は熱によって機能を失う(トリプシンに結合することができなくなる)ことが報告されている。(盛永, 日本食品科学工学会誌, 1997)
もし大豆を乾燥状態のまま焙煎によって加熱させる場合は、丸大豆の状態で加熱させるとトリプシンインヒビターは効率よく失活することが分かっている。(盛永, 日本食品科学工学会誌, 1999)
じゃあ、水を含ませた状態で加熱させたらどうなるのかというと、乾燥大豆を加熱するときよりも効率よく、熱で失活することが分かっている。
もちろん、100%完全には失活しないが、生体に影響を及ぼすほどではない。(J. J. RackisW. J. WolfE. C. Baker, Advances in Experimental Medicine and Biology, 1986)
豆乳の製造工程では、一晩水を吸った大豆を水と一緒に砕いて、加熱処理を行っていく。つまり、水を含ませた状態、ということだ。
この工程でトリプシンインヒビターは熱失活し、タンパク質の消化吸収に影響を与えるレベルではなくなるので、結論、問題ないと言える。
まとめ
一時期、「豆乳は危険だ!!」などという記事が出回ったことを小耳にはさんだことがあるが、これらの研究結果を踏まえると、
しっかり加熱処理されている大豆加工品ではトリプシンインヒビターは失活しているので、生体に影響を与えるレベルにはなっていない。
つまり、「危険だ!!」などと断言すること自体、科学的に間違っていることになる。
もしトリプシンインヒビターの影響があるとすれば、加熱処理が不十分なままの畜産用飼料だったり、大豆を粉砕してから焙煎処理を行ったような大豆粉などである。
大豆はあまり生のまま食べないように、という注意とも解釈できる。(生のまま食べても美味しくないので、すき好んで生大豆を食べる人も少ないとは思うが。。)
科学的に正しい知識を残して、次第に世間の誤解を解けるといいなと思う。
(33週目終わり)
※参考文献
・盛永宏太郎, 日本食品科学工学会誌, 44, pp.219, 1997
・盛永宏太郎, 日本食品科学工学会誌, 46, pp.352, 1999
・J. J. RackisW. J. WolfE. C. Baker, Advances in Experimental Medicine and Biology, Vol.199, 1986
・盛永宏太郎, 日本食品科学工学会誌, 48, pp.416-421, 2001