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包まれたい

人が壊れるのなんて些細な事だったりするんだ。



悠仁と恋人になって1ヶ月。僕たちは上手くいっていると思う。
手を繋いで、抱き締め合って、口付けを交わして、身体も重ねてきた。
埋められない溝を埋めるみたいに、カチリと合わさる瞬間が何より好きで、でもその度に虚しさを覚える。
悠仁の身体の奥の奥に入って包まれている時は幸せで。でもそれが終わってしまえば虚しくて。
奥に熱を注いで、悠仁が妊娠してくれないかな、なんて考える。
馬鹿な事だとは思うんだ。でも少しでも可能性があるんじゃない?男だって妊娠出来るんじゃない?
本当に馬鹿だ。
でも……それでも……。



悠仁に包まれている時が何より幸せだった。抱き締められて、頭を撫でてもらって、僕自身が悠仁の中に入った時は包まれて………。



それでも僕には足りなかった。
何が足りないのか分からなくて、浮気じゃないけど女と寝てみたりもしたけど、全然そうじゃない。そもそも意味がなかった。
悠仁じゃないってだけで、ただただ無機質だった。
僕が包まれていたいのは悠仁で、悠仁じゃなくちゃ意味がなくて、悠仁から僕は産まれたいのだと思った。




悠仁は人誑しだ。直ぐに人のパーソナルスペースに入り、居心地の良い存在になってく。僕が傍に居なくても良いんじゃない?そう思いながら僕は悠仁の隣で笑ってる。
悠仁は誰でも誑し込むけど、特別は僕だけなんだといつも示していてくれた。
僕は特別なんだ。
でも、悠仁はどんどん人と繋がっていくんだ。人を直ぐに誑し込むから。だから、でも……僕にはそれを止める権利なんてない。止めたいし止めさせたい。誰にも会わせないで僕だけ見て、僕だけ聞いて、僕だけ感じてほしい。

いやだ
いやだ
いやだ

悠仁が誰かを見るのが嫌なんだ。閉じ込めて、がんじがらめにして、何処にも行けなくしたい。
悠仁から産まれたいと思った。
悠仁に包まれていたい。
悠仁の中で眠りたい。
悠仁、悠仁、お前はいつになったら僕を産んでくれるの?
僕はいつ、悠仁の中に入れるの?
奥の奥に熱だけ宿して、どうして僕を残してくれないの?

悠仁……
ねぇ
なんで………?

悠仁の中ってどんなだろう。指で探ったって分からない。
悠仁に全身を包まれるってどんな感じなんだろうか。入れないから分からない。
分からないけど、暖かくて穏やかできっと幸せに違いない。




「悠仁は赤ちゃん産まないの?」

疑問に思って聞いてみた。僕の熱を注ぎ込んでその腹を撫でながら聞く。悠仁は驚いた表情をした。
なんで?

「う~ん、産めんかな。俺、男だし」

男だから赤ちゃんが産めないなんて知らないよ。産めるでしょ?ねぇ、そこで眠っているんでしょ?
僕は悠仁の腹に耳を宛ててみる。

ねぇ
僕が
ここに
いるよ

いるんだよ、この中に。
悠仁は僕の頭を優しく撫でてくれた。




心の空っぽの瓶に苦くて不味い角砂糖が溜まっていくみたいだ。

気持ち悪い
気持ち悪い
気持ち悪い

いつの間にか眠れなくなっていた。悠仁に包まれていないと眠れないのだ。出張で半ば強制的に離れている日なんかは、僕はホテルの部屋の隅で座ってボーッとしている。
何もやる気が起きなくて、思い浮かぶのは悠仁の事ばかり。
早く産まれたい。
悠仁に包まれて眠りたい。
安心したい。

悠仁
ねぇ………
悠仁…………



「うわっ!先生すっげぇ隈!」

久し振りに帰った部屋にいた悠仁に最初に言われた一言に僕は苦笑した。

「出張先で祓いまくりだよ?爺さんももう少し気を使ってほしいよね」

適当な嘘。そんな一日中戦う相手なんて、今の僕にはいないんだから。
僕が悠仁を抱き締めれば、悠仁も抱き締め返してくれる。
暖かい……安心する、安らぐ……。
フッと力が抜けて、思わず悠仁にもたれ掛かるけど、悠仁は僕の事を易々と受け入れてくれる。
そう、受け入れてくれるんだ。
何で僕は悠仁の中で眠れないのだろう。

「先生、一緒に寝よう?」

僕は無言で頷いて一緒にベッドに寝転がる。優しくて気持ち良い悠仁の腕の中。

「ねぇ、悠仁。しなくて大丈夫?」

野暮だと思いながら、でも、聞かなくちゃ怖くて。悠仁が僕の身体が目当てだなんて思ってないけど、しないのは恋人として満足させられないんじゃないかって、不安で。
悠仁は優しく僕の頭を撫でながら優しく語り掛けてくれる。

「大丈夫、先生とするのは勿論好きだけど、したいから一緒にいる訳じゃないよ」

安心が全身を満たす。
悠仁の言葉はまるで甘い甘い角砂糖みたいで。
ずっと食べてたい、ずっと味わいたい。
まるで甘い麻酔みたい。

「それにこうして一緒に寝るの、俺は好きだよ?」

視線で「先生は?」と聞かれた気がして僕は頷いた。

「僕も一緒に寝るの、好き」

悠仁の頬に口付けて微笑み、僕は目を閉じた。
直ぐにやってくる、眠気。
もう、悠仁が居ないと眠れないんだ。
悠仁の傍じゃないと安心しないんだ。

あぁ
落ちる

何時になったら僕は
悠仁の中で眠れるんだろうか。



心の空っぽの瓶に苦くて不味い角砂糖が溢れるんだ。


悠仁が他の人と話しているのが許せない。気持ち悪さを孕んだそれは、空っぽの瓶を満たしてく。嫉妬なんて馬鹿馬鹿しい、そんな簡単な名前をつけないでほしい。
違う、そんな感情じゃない。

悠仁が居ないと生きていけない。

これを何と言うか知ってる?
ねぇ



何もない世界でただ一人になったみたいだ。
誰にも理解されなくて
誰にも理解されたくなくて
何で生きてるのか
何で死なないのか
理解したくて出来なくて
でも
確かにそこにあるのは
生きてる
その事実だけ。




産まれたい
産まれたい
産まれたい

悠仁の中で、安心して穏やかに眠りたい。
僕はそれだけなんだ。
只、悠仁のお腹の中で、穏やかに眠りたいだけなんだ。



不安に押し潰される。
悠仁が誰かと話しているだけで心が叫ぶんだ。心から血が流れるんだ。

助けて
助けて
助けて

お願いだ、悠仁。僕を助けて。
不安の海で溺れる僕を救って。溺れて落ちてくんだ。
いつも思うよ、誰も助けることなんて出来ないんだって。
分かってるんだ。
分かってるけど手を伸ばすんだ、微かな希望に。
そして絶望するんだ。
誰も助けることなんて出来ないんだって。
微かな希望は悠仁、お前なんだよ。
お前だけが僕を助ける事が出来るんだよ。

辛い
辛い
辛い

何が辛いのかもう分からない。
分からない中で分かるのは一つだけ。

生きているのが辛い

ねぇ悠仁
ねぇ
お前はいつ僕を産んでくれるの?
その優しい腹の中に僕を宿してくれるの?
僕はどうしたら良いのかもう分からないんだ。
今までどうしてたか分からないんだ。

どうやって歩いて
どうやって言葉を発して
どうやって息をしていたのか

もう分からない
分からないんだ



そこにいる限り、僕は悠仁から産まれない。
そこにいるから、僕は悠仁から産まれない。
何で僕が産まれないのか考えて辿り着いたんだ。
そうだ、僕はここにいるから産まれないんだ。

消さなきゃ
消えなきゃ

消えなくちゃ産まれないんだ。
悠仁から産まれてこれないんだ。

分かったよ
やっと分かったんだ

最初からこれしかなかったんだって
何で気付かなかったんだろう




高い高いマンションの屋上に飛んだ。
今日は良い満月だ。
満月は人を狂わすらしいね。
まぁ、もう僕には関係ないけど。
夜空を見上げ、身を任す。
フワリと淵から足が浮いて、落下していく。

「さよなら現世。さよなら世界」

さようなら悠仁。

呪力を使わず、無限を解いて、六眼を封じれば

僕は只の人間だ






ただいま悠仁。

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