やさしさに包まれたなら
今日は内科の通院日で、朝から病院へ向かった。
採血と、二時間の待ち時間の末、ようやく診察室に通される。
前回行った造影剤を用いたCT画像を見せられた。ただひとつ残っている左腎は、中に血液がしっかり循環していて、問題となる所見は見受けられなかった。ただ腎血管の再狭窄が再発しているかは、やはり入院して腎カテーテル検査を受けないとわからないので、後日行うエコー検査と合わせ、検討するという。
採血による腎機能、肝機能、貧血などの値にも問題はなかった。でもこの三か月ほど問題になっている血圧の高止まりはやはりおさまっていない。とりあえず、今服用しているカタブレスという薬を増やし、様子をみてみよう、という結論となる。また薬が増えてしまったなあ。入院はもう嫌だなあ。診察室を出る時、駄々っ子みたいに胸でつぶやいている自分がいた。
会計を終えるとちょうど昼だった。談話室に入り、売店で買ったパンをほうじ茶で流し込む。検査と診察の後は決まって食欲が出ない。
もそもそパンをかじっていると、隣のテーブルに七十代とおぼしきおじいちゃんおばあちゃんが、売店のレジ横にいつも売られている納豆餅を食べていた。納豆と刻み葱、醤油で味付けしたこの餅の食べ方は、私の住む地域でもっとも人気のある餅の食べ方で、正月以外でもスーパーの総菜コーナーで時々パックで売られている。なんだかおいしそうだな、と思ったら、自分の食べているパンがますます味気なくなった。
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院外薬局で買い物袋のごとく膨らんだ二週間分の薬を受け取った後、「おいらのオンボロ」で帰路を走った。少し気分を晴らせないかと、YouTubeでジブリピアノメドレーを聴いていたら、「やさしさに包まれたなら」が流れてきた。病院の待合室で、あるフォローさんからいただいたコメントに「私はやさしくなんかありません」と返事をしたばかりだったので、運転しながらちょっとだけうなだれた。
小さい頃は神さまがいて
不思議に夢をかなえてくれた
そうだったなあ、小さい頃は神さまがいたんだよなあ。もちろんサンタクロースも。
まだ五歳の頃、長い入院生活を送っていた時のことを思い出す。ある年のクリスマス。ベッドの柵に靴下を下げ、「〇〇をください」と欲しかったおもちゃの名を書いて眠ったら、翌朝その靴下の中に本当にそのおもちゃが入っていて、本気で驚いた。後でふと箱を見たら、値札が中途半端に剥がれていたけど。でも小さい頃は確かにいたんだ。神さまもサンタさんも。少なくとも、私はそう信じている。
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ジブリアニメのランキングはそれこそ個人で千差万別だろうけど、私は『魔女の宅急便』が一番好きだ。
後期の、妙にこじれた解釈を要しそうな面倒な作品よりも(ちなみに『風立ちぬ』が一番嫌い。もう二度と観たくないほど。好きな方がいたら申し訳ありません)、『となりのトトロ』や『魔女の宅急便』のように、暮らしのなにげないできごとや風景、悲しみや喜びや幸せをひろいあげた作品がいい。
そのなにげない暮らしさえままならないひとたちが、病や障がいの苦しみのなかに沈んでいるひとたちが、それでも生きようと地を這うひとたちが、この世界にはあまりにも多くいるから、なおのこと、そんな「なにげなさ」が愛おしいと思う。
『魔女の宅急便』といえば黒猫のジジだけど、パートナーはもし猫を飼うとしたら黒猫がいいと言っている。聞くと今は亡き祖父(山のじいちゃんと呼んでいたらしい)が、そのものずばりクロという名の黒猫を飼っていた。クロは賢い猫で、「クロ」と呼ぶと「ニャー」と必ず鳴いて応え、じいちゃんが山から下りて街の病院に向かうためバス停に行くと、必ずついてきて見送っていたという。
そんな話を聞いているうち、私も飼うなら黒猫がいいかも、と思うようになった。今は共働きだから無理だけど、もしどちらかが家にいつもいられるようになったら(定年前に私の方がそうなりそうだけど)、膝に抱いて黒い毛並みを撫でて過ごすのもいいかもしれない。窓を開け放ち、部屋に吹く風に吹かれながら。
そんな「なにげなさ」が、パートナーや家族や、職場のひとたちや友人たちや、幸運にもあたらしく出会えたひとたちや、今はもう会えないひとたちのそばにあれば、もしかしたら私は本当の意味でやさしくなれるのかもしれない……。運転しながら、おだやかなアレンジのピアノを聴いているうち、そんなことがらがつらつらとこころに浮かんでは消えた。
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家に着く直前、私の乗る車とおなじ車とすれ違って、ちょっとびっくりした。もう十何年も前のミニバンで、モデルチェンジも一度しかしなかったマイナーな車でもあるので、見かけることは本当に少なくなった。クリーム色で、私のよりずっときれいに乗っているように見受けられた。
悪いねえ、オンボロ。いつも荒っぽく乗ってしまって。今度ガソリンスタンドに行った時クリーニングしてもらうから許してもらえるかな。キーを回してエンジンを切ると、オンボロはぶるん、と一度うなってとまった。さて、これは許してもらえたしるしなのかどうなのか。わからないけど、また明日も通院で(明日は泌尿器科)乗るのだから、とりあえず勘弁してもらえた、ということにしておこう。