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いのちの削ぎ落とし

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短編、掌編小説など。
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2019年12月の記事一覧

リョウとチヅルのはなし

 リョウはたぶん、ばかなのだと思う。

 この日、帰ってくるとすぐ、「いく」と、リョウから業務連絡みたいなラインがきた。は、と思った。いや、ちょっと待って、今日? 今から? 戸惑っているうち、十分後にリョウはわたしのアパートにやってきた。きったない作業着のままで。手にコンビニ袋を下げて。こいつはさんざんオフセット印刷の機械を一日中動かし、インクや油をばんばん浴びてくるのに、着がえもせずやって来るの

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煙のむこうがわ

煙のむこうがわ

 その夜は妻が友人と会うため出かけ、留守だった。さて夕飯はどうしようか。考えていると、以前から気になっていた焼き鳥屋が思い浮かんだ。ちょうどコンビニで買った飲兵衛を主人公にしたマンガ「酒のほそ道」を読んでいたせいか、ふらりと一杯、といった感じで酒を飲みたくなった。

 その店は木造平屋建てで、古い赤ちょうちんがぶら下がっていた。玄関をよく見ると引き戸が少し開いていた。なんか不用心だな、と思いつつ、

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つながり

「わ、いいにおい」
 玄関でスニーカーを脱ぎながら彼は声を上げた。印刷会社勤務の彼は週末、作業着をインク滲みや機械油、汗で汚して帰ってくる。
 おかえり。私は乗っている車いすをコンロのそばで停め、鍋をかき回していた。
 先にシャワー浴びといで。私の言葉に彼はうん、と子どもみたいに応じた。脱いだ作業着を直接洗濯機に放り込んだ様子が、脱衣所のすりガラスを通して見えた。
 交際直後、部屋の合鍵をもらった

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