遺伝子改変した酵母で医薬品を生産する技術
今回は、ビールやパンの発酵でお馴染みの酵母を遺伝子改変することで、酵母から医薬品の原料を作り出すことに成功した研究をご紹介します。
鎮痛薬として用いられる一部の医薬品は、いまだに植物からの抽出で生産されるものがあります。
酵母でそういった医薬品を生産することができれば、より安価に、大量に生産することができ、医薬品の安定供給につなげることができます。
紹介論文
Biosynthesis of medicinal tropane alkaloids in yeast
Nature volume 585, pages 614–619(2020)
https://www.nature.com/articles/s41586-020-2650-9
植物から抽出で生産されている医薬品: トロパンアルカロイド
トロパンアルカロイドと呼ばれる化学物質は、ナス科やコカノキ科の植物に多く含まれ、医薬品の原料としてよく用いられています。
トロパンアルカロイドの中でも、特にヒヨスチアミンとスコポラミンという医薬品はよく知られており、ムスカリン受容体に対する拮抗作用を持ち、鎮痛薬や鎮痙剤(ちんけいざい: けいれんを鎮める薬)として古くから用いられています。
オーストラリア自然火災のような天災があると、植物由来の医薬品供給は途絶えるリスクがある
現在大きな問題になっている、オーストラリアでの大規模な山火事などの自然災害や、感染症流行による世界的パンデミックな状況下において、医薬品の安定供給をいかに維持するかが、医薬品業界において大きな論点となっています。
特に、トロパンアルカロイドのように、原料が植物由来のものについては、自然災害などが起こった場合に、原料を調達することができず、医薬品の供給が途絶えてしまうリスクがあります。
遺伝子改変した酵母が医薬品の安定生産を可能にしてくれる
今回の紹介する研究では、ビールやパンの発酵でお馴染みの酵母を遺伝子改変することで、酵母にトロパンアルカロイドを作らせることに成功しています。
遺伝子工学的手法を用いて、トロパンアルカロイドを生成するための酵素などをコードした26個の遺伝子を酵母に発現させることで、酵母が、糖とアミノ酸からトロパンアルカロイドを作ることを可能にしています。
今回の遺伝子改変酵母は、まだ少量のトロパンアルカロイドしか作りだすことはできませんが、より大量に作りだせるようにスケールアップしていくことができれば、植物からの抽出に頼っていた医薬品の原料を、酵母を用いて人工的に作りだすことが可能になります。
今回の研究は、そのための第一歩と言えます。
まとめ
✅ 植物からの抽出で生産されている医薬品: トロパンアルカロイド
✅ オーストラリア自然火災などの天災があると、植物由来の医薬品供給は途絶えるリスクがある
✅ 遺伝子改変した酵母が医薬品の安定生産を可能にしてくれる
自然火災や感染症の流行など、自然災害はいつ私たちに襲いかかってくるか分かりません。
その時に、医薬品の安定供給といったセーフティネットをしっかり機能させるためには、今回のような研究者による地道な積み重ねが重要だと思います。
今後も分かりやすい、簡潔な記事を心がけていきます🙇🏻♂️