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これは物語ではない ぼくは君たちを憎まないことにした 【映画感想文】


はじめに

本noteはネタバレというか映画の内容について大きく触れるため、純粋に作品を摂取するならば視聴後に読まれることをお薦めしておきます。

内容と感想

パリに住む息子一人と夫婦の3人家族、妻の仕事の事情で計画していた旅行がキャンセルになったり、自作の小説(?)が上手く書けず悩んでいたりと人生における苦悩は様々あれど、愛する息子と妻と共に幸福な人生を歩んでいる。

ある日妻は友人とライブに出かけ男性と息子は家で妻の帰りを待つ。しばらくして夫のもとに「どこにいるのか。無事でいるのか。」という不穏な連絡が届く。嫌な予感を覚えた夫がテレビをつけるとライブハウスでテロが起こったことを知る。それは妻が向かった先だった。妻と友人に連絡をとろうとするも一向に連絡が取れないまま時間が過ぎる。警察にも電話が繋がらない。駆けつけてきた親族と共に待っていた夫はたまらず家を出て妻を探しに行こうとするが、妻とライブに行っていた友人からようやく連絡がくる。怪我をしており状況が掴めずにいるらしい。妻のことを聞くもわからないと言う。

パリ中の病院を駆け回り、妻の行方を探すが見つからない。憔悴しきった中で息子が待つ自宅に帰る。テレビのニュースではライブハウスで起きたテロにより100名以上の死者が出ており、犯人たちの名前、顔写真、3名は現場で射殺されたものの、未だ逃亡中の者がいることなどが報道される。

ほうぼうに連絡を取って妻の行方を探す中、妻の訃報が届く。

時が経ち妻の死体と面会する機会が訪れる。ようやく会えた妻は、家を出る前と、12年前に恋をした瞬間と、変わらず美しい。しかしガラス越しに目の前で横たわる妻は二度と起き上がることはない。受け入れがたい現実をまざまざと理解させられる。

夫は自宅に戻り、SNSに手紙を書く。題して「ぼくは君たちを憎まないことにした」その文は多くの人々に哀惜と勇気の共感を呼び起こし何万件とシェアされることで、メディアからの注目を浴びることになる。

というのが始まりで、ここから夫がSNSに書いた手紙とは裏腹に怒りと憎しみと悲しみの中にある辛すぎる現実をそれでも歩んでいく過程が描かれる。

犯人に復讐するエンタメ性は無いし、劇的に悲しみを克服する物語性も無い。妻がいなくなった現実が日々心に圧し掛かり、妻の死を弔う準備、息子のためにも良き父親であらなければいけない責任が圧し掛かり、自らが書いた文章が有名になったが故に何度も何度も思い返させられる。多くの人々の勇気になった手紙は、親族から、早すぎないか、達観した顔をしてテレビに出ている等と半ば非難のような言葉さえ投げられる。

悲しみが癒されることは無く、酒を摂取する量は増え、妻の服に残る匂いから妻の残滓を感じ取り、妻と共にライブに行き生き残った友人と向き合うにも時間を要する。もう帰ってこない日々が、向き合わなければいけない現実が容赦なく心を抉り取ってくる。それでも電車に乗っている時に、友人が同じ被害にあった女性から代弁してくれてありがとうと声をかけられ僅かでも救われることもあった。

もう一度書くが作中で劇的に悲しみを克服することは無い。
悲しみの中にありながら日々の生活をどうにか過ごす、愛する妻がテロリストの被害にあった一人の男性の話だ。まだ年端も行かない息子と共に、夫は少しずつ、少しずつ、妻の死を受け入れていく。その日々を過ごすことが、怒りに支配されず、息子が憎しみにかられず、その人生が幸せの中にあると心から思える日がくることが、テロ行為に対しての復讐になると固く信じて、己を律しながら生きていく。

ラスト、家族で行けなかった旅行先へと改めて行き、息子と夫は幸せなバカンスを過ごす。ハンモックに揺られながら静かな自然の中でバカンスの様子を映した動画を観返す。テロリスト達へ手紙を書いた日、手紙が有名になりメディアに心中を吐露した日、妻がいない現実を耐え忍んだ日、妻の遺体と面会した日、妻の葬式で遺体を土中に埋め花を贈り親族と悲しみを分かちあった日、息子と共に妻の墓の前で決意を新たにした日、そのどれでもなく、動画に映るその輝かしい幸せの中にこそ、妻がいない。そのことこそがより明確に悲しみに形を与え、男は初めて涙を流す。

そしてエンドロールが流れる。

つ、つれぇ……。
めちゃくちゃに現実的な作品だった。予想していた映画の内容はもっとテロが起こるまでの過程を描いて悲しみに打ちのめされた後に、それでも手紙を書いて感動的にエンドって感じかと思っていたのだが、そんな物語脳をブチ壊された。すみませんでした……。現実の悲しみはもっと抗いがたいし受け入れがたいしずっと尾を引き続けるよな……。

ただまったく擁護する訳ではないし、テロリズム自体は悪しき行いだと心から思うが、テロ行為は手紙の文面にあったように人々に憎しみを振りまくことを目的にしたものではなく、声なき声の代弁的行為だ。同じように愛を理解できる人間が、死をいとわず行う最悪で迷惑な自己主張だ。もちろんだから受け入れるべきだという話では全く全然1ミリもなくて、同じ人間ではない生物が起こした不可思議な出来事ではないということだ。もちろん個人で抱え込む話でもない。行為への個人レベルでの対処法としては作中の主人公が見せる姿勢こそが正しさの一つだと私も思う。もちろん正しい正しくないって話でもないってのは当然のことだ。現実的なテロへの対処は国家レベルで行われるべきだ。ただまぁその国家を動かすのも個人の集合体ではあるのだけど……。とにかく揶揄でも皮肉でもなく幸運なことに渦中にいない私などはそれらの事実を理解していたいなと思う。そのうえで感情に寄り添える知性を有していたい。

好きなシーンとしては、ニュースで犯人の名前も顔写真も出ているところ、酒を飲むがそれでも溺れる手前で踏みとどまっているところ、英文で手紙を読むメディアの企画で読めずに苦しむところ、そしてラストシーンだ。

ニュースで名前も顔写真も出ているところは、これがエンタメ作品だったらイコライザーするところとの明確な区別が見て取れる。
酒を飲むがそれでも溺れる手前で踏みとどまっているところは、人の強さと弱さが巧みに出ている。生きていけるならなんだっていい、頼っていいし逃避していい、作中何度も自死を考えるシーンが仄めかされているが、それでも彼は息子のために生きていくことを選択している。
英文で手紙を読むメディアの企画で読めずに苦しむところは、メディアに脚色される英雄像ではなく、妻を失った男性のまったく整理がついていない感情が理性を引っ搔き回している様が見て取れる。
ラストシーンは書いたとおり、幸せの中でこそ浮き彫りになる悲しみだ。胸に来る。

素晴らしい描写が多く、この作品を観ることが出来て良かったと思うが、この作品で扱ったような出来事が世界から無くなることを願っている。

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