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辞世の句はいつできあがる?
辞世の句。よんでますか。
じ-せい【辞世】
①略
②死にぎわによみ遺す詩歌、偈頌など。絶命の辞。
辞世(の句)とは、死ぬときに詠むもの。それはそう。それはそうと「辞世」だけで詩歌の意味になるんですね。勉強になりました。
しかし、「はい今一句詠んで!」と言われたとして。しかもそれが、自分の命が潰えようとしているその時に言われたとして。果たしてぽんっと詠めるものでしょうか。ましてそれが、夜中のテンションでtwitterに垂れ流して朝起きた頃には忘れているようなものではなく、自分の人生の締めくくりを飾る一句だ、というラベルが先にできている状況で。
きつい。絶対、「このフレーズ入れたいけど絶対字余りになる……後に回して構成だけ変えたらなんとかなるけどリズムが……」と思ったところで”終わり”になりそう。死んでも死にきれない。
とはいえ「うわ死ぬ!」という場面だけではないかもしれない。自分の"終わり"は、じわじわと「あぁもうダメだな」ということになってゆく、という感じかもしれない。というか広い目で見れば人生そのものがそういうもの(”終わり”に向けてじわじわと進んでいっているもの)だとも言えるかもしれない。そう考えると、辞世の句は今すぐにでも作っておくといいのかもしれない。
でも、それはそれで難しい。だって、いつかのために今のうちに完成させておくって、できますか? 「これで……いいのかなぁ、もっとなんか、うまくいくような気がするんだけどなぁ」と思いつつ、自分的には完成度80%くらいのものを「とりあえず」で用意しておくことにして、結局その時がきたら「準備はしておいたけど、いやでもやっぱなんかもう少しいい感じにできるんじゃないか、ほらやっぱ終わりの方のリズムとか……」と思いつつ”終わり”になりそう。やはり、死んでも死にきれない。
「完璧を目指すよりまず終わらせろ」とはよく聞く言葉だけど、それが人生の締めくくりとなるとやっぱり「とはいえ……」という気持ちになってしまう。こちとら、SNSのプロフィール文だっていつまで経っても「とりあえずこれでいいかなぁ、でもなんか、もう少しリズムよくいい感じにできないもんかなぁ」なんて思っている(しかしキリがないのでとりあえずできたものを貼っておくことにして、ことあるごとに「ちょっといじろうかな」と思いつつ、「ん~でもこのままで、いい、かなぁ」となっている)人間なので。
となるとやはり、日頃に短歌力(たんかぢから)を磨いておいて、来たるべきその時にバシッと素晴らしい一句を詠み上げる、というのがいいのかもしれない。「やっぱり完璧を目指してしまって終わらない」人間としては。それでも、逡巡している様子が目に浮かばないわけではない。結局「ん~~~ここ、これでいい、かなぁ。なんかもうちょっといい感じにできないかなぁ」と考えている姿が目に浮かぶ。
みなさんは、いかがいたしますか?
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