腰から下げた紫の帛紗は、娘との幸せの記憶
先日の茶道のお稽古でのお点前は、惨憺たるものだった。気持ちが落ち込み気味のまま、娘と銀座でランチの約束があるため、待ち合わせの場所へと急いだ。当然、お稽古の着物に袴姿のままである。焦り気味でお茶室を後にした。
約束の時間にお店に着くと、お店のスタッフは、
「お連れ様がつい先ほど、お着きになりました」
と、笑顔で席に案内してくれた。
お店は、日本料理を出す由緒ある旅館の東京の支店。
臨月を迎えた娘と楽しく和食のランチを終えた。娘は帰りに、三越で友人へのお返しのプレゼントを買いたいと言うので、すぐそばの銀座の三越へ。やはり三越は大賑わいだった。そんな中、買い物を終え、車で娘をマンションに無事送り届け、家に着いて一息ついて袴を脱いだ。
するとどうだろう。袴と共に、紫色の帛紗も、ハラリと床の上に落ちた。どうして紫の帛紗がここにと、これまでの行動を思い返してみた。つまり、お茶室でのお点前の後、腰に下げていた紫の帛紗を畳んで懐中することなく、私は銀座の賑わいの中を、「私は茶道のお稽古の帰りです」と、群衆に見せはびらかしながら歩いてきたことに、思いがいたった。その途端に顔から火が出るほどの恥ずかしさに襲われた。
幾度か、紫の帛紗に気付いてもいい場面があったが、全ては後の祭り。
人生で初めての臨月を迎えた娘との、決して忘れることのない大切な日の思い出を、お陰で脳裏に深く刻むことができた。
紫色の帛紗を見るたびに、幸せな娘の顔を思い出すことだろう。
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