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お点前には、叫びたいほど感動する時がある……

「変わった建水ですね」
「素敵ですよね。槍の鞘(さや)と言うんです」
「槍の鞘、ですか」
 そう教えてくれた彼女のすぐ側で、薄茶のお点前を拝見させてもらった。24歳くらいの中背の細い身体。柔らかいタップリとしたリネン素材のベージュのパンツに、同じ色系統のレースのトップス。華奢な感じ。全身からはひかえめだが、無邪気で天真爛漫な育ちの良さを感じる。
 その日、お茶室への通路はお稽古の順番待ちをする男女お弟子さん達で立錐の余地もないほどだった。そんな場所で私は、木箱に入ったMAYお茶碗の風呂敷包みを持て余していると、彼女が私の前に来た。そのうち彼女が風呂敷包みに興味を持ったので、質問される前に説明した。
「MAYお茶碗です」
「すごーい!」
「いえ、なに、先生がマイお茶碗なら上達はもっと早いですよ、とおっしゃったものですから、それで。李方子作の井戸茶碗です」
「お茶碗は、どれくらい持ってらっしゃるんですか」
「お茶碗の名前を覚えるためには、やはり自分のものでないと覚えないだろうと思いまして。安物ですが種類を集めているうちに20余りになりました」
「どんなお茶碗を」
「井戸茶碗、伊羅保、黒楽、仁清の竹の写し、大樋焼、油滴窯変天目茶碗云々」
「すごいですね」
 と、つい先ほど会話をしていた華奢な彼女が僕の目の前で、槍の鞘の建水を使ったお点前をお稽古している。
 彼女が点前座に座って建水から柄杓とその柄杓の柄に通された竹の蓋置きを取り上げた時、私の全身に電流が走ったような衝撃を受けた。ただ、柄杓と蓋置を左手で取り上げただけなのに。
 それ以降、私は彼女のお点前の動きに釘付けになった。ピンと伸ばした背筋。綺麗に伸びて揃えられた指先。しなやかな手指の運び。
 感動に耐えきれずに、その場で叫びたい衝動に駆られながら彼女のお点前を見ていた。
 体はまだ、感動で震えている。お点前が、こんなにも人に感動を与えるものなのかと、自分の反応に戸惑ってしまった。    (つづく)

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