源氏物語・箒木の帖から読み解く、光源氏の口説きのテクニック
こう言うふうに殺し文句は決めたいものだ、と感心せられてしまう光源氏の空蝉を口説き落とすための、真夜中の一言。
「突然のいっときのでき心ではこざいません。先々より、お会いしたいと思っておりましたら、このような機会に恵まれました」
と言って光源氏が言い寄れば、空蝉は声にならない声で、
「お人違いでしょ」
と言いつつも光源氏を押し除けようとする腕に力が入っていない。気を失いそうになりながら抗う空蝉に源氏は、痛々しく可愛らしく、いい女と思いながら、
「間違いなどではございません。いっときの心の迷いではありません。私の心のうちをお話しいたしましょう」
と言って小柄な空蝉を抱き上げ、障子を開けて暗い廊下に出た。するとそこへ折り悪しく本来、空蝉が待っていた頭中将と出くわしてしまった。しかし、暗いせいでお互いが誰だか確信を持てない。そのまま源氏は、漂って来た香から頭中将であることは察しがついたが、源氏は動じることもなく空蝉を抱きかかえたまま、奥の座敷に入って障子を閉めた。
一方の頭中将は、不審に思いながら二人の跡をつけてきたものの障子を閉められて、足は止まった。すると中から光源氏の声がした。
「明るくなったら、迎えに参れ」
光源氏は、障子の向こうで固まってしまっている頭中将に向かって声をかけた。
光源氏の腕の中で抱きすくめられ動きがとれずにいる空蝉は、頭中将にどう思われたか、考えるだけで恥ずかしさのあまり死にたくなり、汗だくになって苦しみ、頭の中が真っ白になってしまった。
それでも光源氏は、困惑して動きが止まってしまっているそんな空蝉を愛おしいと思いた。そして、いったい光源氏のどこから出てくるのかわからないくらいの優しい声で、空蝉を説得した。
空蝉は見るからに美しいお姿の光源氏の言葉を耳にしながらも、
「現実(うつつ)のこととも思えません。卑しい身分の女ですから、さげすんでご覧になっているのでしょう。そんなあなたに、どうして私に対する深い想いがあると思えるでしょうか。身分の違いをお考えくださいませ」
と言って光源氏の無体な振る舞いを、軽々しい気持ちからだと嫌がった。しかし、光源氏はそうして抗う空蝉の姿が、なおいっそうに愛おしさを感じさせた。そして光源氏は、空蝉が体の力を抜くように説得した。
「身分の違いなど私にはよくわかりません。こんなことは初めてのことです。世間の好き者と同類と見られるのは、至って残念に思います。私のこの気持ちは一時の出来心からではありません。これも前世からの因縁だと思います。私のことを軽蔑するのはわかりますが、自分でも、こんな行動に出るなどと思ってもいませんでした。あなた様へのこの抑え切れないくらいの気持ちを、どうかお察しください」
そう言って光源氏は空蝉の身構えた体を無理矢理押し倒すのではなく、なんとか説得しようと言葉を尽くすのでした。
はてさて、その後の二人はどうなったのかは「源氏物語 箒木の帖」を……。
それにつけても、光源氏と言う男は……、羨ましい。