月やあらぬ 春は昔の 春ならず わが身一つは……
月に二度ある茶道のお稽古の日が近づいて来た。披露する次のお茶杓の銘のための一句を、通勤の地下鉄の吊革につかまりながら、必死に探している。いくつかの候補の句を見つけては、その背景をググってみる。
小野小町の彼氏だったという在原業平の句に、目が止まる。
月やあらぬ 春は昔の 春ならず
わが身ひとつは もとの身にして
意味は、恋焦がれていた人とやっと結ばれたというのに、あれ以来、どうしてあなたは会ってくれないのですか。私はあの日のままなのに、あなたは変わってしまったのですか。
この句から「わが身ひとつ」を銘としようかと。
しかし、先生が前回のように、
「カゲロウさん。その句は、今日のような日には合わないわね。それよりも、この句の方が、いいと思うけど」
と言って先生がつらつらと別の和歌を詠みあげる。それならば、とその時のために私も、もう一句。
桜花 散らば散らなむ 散らずとて
ふるさと人の きても見なくに
惟喬親王の句から「ふるさと人」をお茶杓の銘とする。意味は「懐かしい人」である。さらに、彼は、小野小町の元彼の一人と言われたもと皇子で出家した僧正偏照と親交があった方。そう言う人間関係の裏話を添える。
これなら先生も納得してくれるだろう。
で最後に、先生の決め台詞。
「カゲロウさん。今日、素晴らしかったのは、綺麗な女性が多かったせいね、ホッホッホ」
と勝ち誇ったように一言吐く。
一応、シナリオは完成したが、はて、現実の結果は……。次回、ご報告。
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